国民皆兵、地租改正

岩倉遣外使節団がアメリカ・ヨーロッパを回っているあいだ、留守政府をまとめていたのは西郷隆盛や板垣退助たちでした。彼らは岩倉具視たちが留守のあいだに国内のさまざまな改革をおこなっています。

 

 

廃藩置県によって明治国家といえる新しい統一国家が生まれたので、それまで各藩ごとに異なっていた制度や法律をあらためて統一することができるようになったのです。ここではおこなわれていた改革をひとつずつ見ていきます。

 

 

欧米列強に追いつくためには軍隊の近代化が急務でした。そこで1872年に国民皆兵の原則をうたう徴兵告諭を発して、翌年に徴兵令を出しました。満20歳以上の男子に三年間の兵役義務を課したのです。これには農民からの反発があり、血税一揆と呼ばれる徴兵反対一揆がおこりました。

 

 

ただし兵役を免除される人もかなりいました。一家の主人である戸主とその跡継ぎ、学生、または代わりにお金を納めた人などです。このため実際に兵役を課せられたのは農村の次男以下でした。この免除の規定は日清戦争のころにはだいぶなくなっていきます。

 

 

見過ごしがちなのは武士階級の反発です。国民皆兵には、士族とよばれるようになった武士階級も反発しています。これは戦いを行うのは自分たちだけであるというプライドが傷つけられたためです。こののち廃刀令によって刀をもつ特権も失った士族たちは不満を募らせていきます。

 

 

また、新政府は財政も確立しなければいけませんでした。江戸時代の支配層は年貢として徴収していましたが、米価が下がると貨幣収入が減るという難点がありました。幕府の財政は米価の変動に左右されたのです。そこで新政府は人々にお金で税を納めるようにあらためました。それが地租改正です。

 

 

課税基準はこれまでの生産高から地価にあらため、税率は地価の3%としました。地価は政府が定め、それを書いた地券を発行して土地所有者にあたえました。しかしこれにも反対一揆がおこったため政府はのちに税率を2.5%に引き下げました。

 

 

地租改正の結果、農民は米や繭などの生産物を販売し、得た現金の一部を政府に納めることになりました。生産物のだいたい半分ほどが税金に回されるイメージが近いかもしれません。生産物の価格が上がればそれより少ない量で税金はまかなえますが、逆に生産物の価格が下がるとたくさんの量を売らなければ税金が払えなくなります。

 

 

このためにやむをえず土地を手放して小作人に転落する農民が増えていくことになります。

 

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