日本軍の動きと大戦景気

第一次世界大戦のことを元老の井上馨は「大正新時代の天佑」と言っています。これは日本からは参加できるのに対して、ヨーロッパから日本が攻撃されることがないからです。

 

 

実際に、ヨーロッパで大戦が起こっている間に日本は多くのものを手にしました。この世界大戦は日露戦争以来の財政難や第一次護憲運動以来の藩閥政治の行き詰まりもいっきに吹き飛ばすことになります。

 

 

 まず日本軍は、中国山東省の青島にあるドイツ軍の基地を攻撃して占領しました。さらにパラオやマーシャル諸島など赤道以北のドイツ領南洋諸島も占領し、大きく占領地を増やしました。

 

 

 

 経済面ではヨーロッパ諸国がアジア市場から後退したため日本製品を大量に売り込むことに成功しました。おかげで日本は大戦景気を迎えることが出来たのです。

 

 

 内政面では戦勝と好景気で国民の怒りをしずめることができました。やがて大隈内閣が元老と対立して総辞職すると、ふたたび長州・陸軍閥の寺内正毅が首相となりました。やはり山県系の人物です。

 

 

 このときの大戦景気はかなりのものがありました。世界的な船舶不足からとりわけ海運・造船業がさかんになり、日本は世界三位の海運国となりました。

 

 

 

 船成金とよばれるお金持ちがあらわれました。靴を探す料亭の女中に百円札(現在の約20万円)を燃やして「どうだ明るくなっただろう」とのたまう成金の風刺画はあまりにも有名です。

 

 

 明治時代に豊田佐吉が国産力織機を発明したおかげで紡績業だけでなく、その先の綿織物業が発達しました。この時期には欧州勢が中国市場から去ったため、綿織物の輸出を急速に増やしました。大戦後には日本の資本で中国に紡績工場をどんどんつくっていったのです。この豊田佐吉の息子はやがて自動車生産をはじめ、現在のトヨタにつながっていきます。

 

 

 工場の動力源が蒸気力から電力にかわっていったのもこの時期です。猪苗代水力発電所が建設され、東京まで長距離送電をおこなうようになりました。

 

 

 

 これらの結果、日本は農業国から工業国へ脱皮しただけでなく、日露戦争以来の多額の債務の返済をすすめ、他国に金を貸す債権国になったのです。

 

 

 また、かつて政商とよばれた三井・三菱らは特殊会社を頂点において様々な大会社を支配下にもつ財閥に成長していきました。とりわけ三井・三菱・住友・安田の4つは四大財閥とよばれ、これから以降、日本の経済界を独占的に支配していくようになります。

 

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