金本位制と労働運動の広がり

 松方財政の際に確立した銀本位制は貿易収支に好影響をあたえました。当時は世界的に金に対する銀の価値を低く見る傾向、つまり銀安だったため銀を本位貨幣としている日本円は安く見られたのです。

 

 

この円安効果で輸出超過となりました。しかし、これは外貨を獲得するのには不利になります。外国の金を借りて武器を買い、しばらくしてそれを返済しようとすると銀安が進んでいたために返済額が大きくなってしまうのです。

 

 

ロシアと戦争になれば外国から借金をしなければいけないことは避けられませんでした。このため1897年に貨幣法を制定して金本位制を確立しました。日清戦争の賠償金を金で獲得したため、それを準備金にあてることができたのです。当時の首相は松方正義でした。かつて大蔵省の長官として銀本位制を確立した人物です。こうして日本の紙幣は金兌換紙幣となりました。

 

 

 

 そのころ産業革命の裏側では様々な社会問題が沸き起こっていました。

 

 

三菱傘下の高島炭鉱では坑夫が虐待・酷使され、それを雑誌「日本人」が報告して問題となりました。

 

 

 また、甲府の雨宮製糸女工ストライキを皮切りに女工によるストライキも起こるようになっていました。製糸女工は一日平均14時間、長い場合は18時間も働かされていましたので労働条件の改善を強く求めていたのです。紡績女工なら昼夜二交代なので労働条件は12時間ですが、それでも現代と比べれば長いと言えます。夜間シフトでは体調を崩す女性も多くいました。

 

 

 

 このため1897年にはアメリカで労働運動を体験してきた高野房太郎らが労働組合期成会を結成し、労働運動を指導しました。

 

 

その一員であった片山潜は階級差をなくそうとする社会主義思想をとなえ、1901年には幸徳秋水らとともに最初の社会主義政党である社会民主党を結成しました。しかし前年に山県内閣が制定していた治安警察法によって結成直後に禁止されました。

 

 

 たしかにこの時代、資本主義の発達は貧富の格差を生み出したといえます。しかし社会主義は、何かのきっかけで共産主義にエスカレートします。私有財産を否定する共産主義までいってしまうと天皇制の否定にも直結してしまうため当時の国家権力からは絶対に認められません。社会主義はその一歩手前の思想であるため弾圧されやすかったのです。

 

 

 

 政府はこうした労働問題に対処するべく1911年に労働者保護法として工場法を制定しました。最低年齢を12歳とし、少年と女性の労働時間は12時間まで、深夜業は禁止と定めましたが資本家からの強い反発にあって骨抜きにされていきました。製糸業は15時間労働を、紡績業では深夜業を認めたのです。

 

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