平安時代記事一覧

空海は讃岐国でうまれ、上京して官人を目指していましたが、やがてその道に満足できなくなり僧侶になりました。四国の山々で山林...

 国家や天皇を守ることを期待されたのは仏教だけではありません。日本古来の神々にも同じ役割がありました。奈良時代にはすでに...

 天皇のもとに政治の最高機関として太政官がおかれ、そこに属する左大臣、右大臣や大納言、中納言、参議らによって、様々な政策...

 官人たちが実際に仕事をおこなうためには律令だけでは規定が大まかすぎて十分ではありません。そのため、律令の下にもっと細か...

 桓武天皇は中国の皇帝にならって礼や法とよばれる秩序によって官人たちに支えられた国家の頂点になることを目指しました。嵯峨...

 日本は新羅の混乱に巻き込まれることを避けるため、新羅人が日本国内へ移住するのを禁止すると同時に新羅人との交易活動を制限...

 地方社会の変化によって、律令国家が人々にかけていた様々な負担のしくみにも、変化が現れました。律令国家のきまりでは租・庸...

 江戸時代を舞台にした時代劇のなかで、幕府や藩からの通達を書いた板が往来に掲げられ、これを読む人々の様子がよく出てきます...

 9世紀初め、嵯峨天皇の時代のことです。律令国家の重要な宗教儀式である祈年祭を行うにあたり、各地の神社を管理する祝部たち...

 地方の寺や仏堂が特にさかんに建てられた9世紀前半の集落からは墨書土器がたくさん見つかっています。墨書土器の内容には、日...

 地方社会が大きく変わっていくなかで各地に混乱が起きました。中央の有力者と結んだ地方の富裕な人々は、時には国司を襲ったり...

 東国で935年から一族で激しい争いをしていた平将門が939年には国家への反乱をおこし、また四国でも藤原純友が反乱を起こ...

 ある日、平安宮は大騒ぎになっていました。大きくそびえたつ朱塗りの門からは、真っ黒な煙があがり、炎が音を立てて噴き出して...

 光孝天皇の子で887年に即位した宇多天皇は、藤原良房の養子で、良房の跡を継いで政界の実力者となった基経との関係を重視し...

 延喜の治のころになると、もはや律令国家のもとの仕組み通りに国家を運営することが難しいことは明らかでした。914年には参...

 藤原道長の娘の嬉子が、のちに後朱雀天皇になる皇太子と結婚しました。嬉子が産んだ皇子はのちに後冷泉天皇になります。藤原道...

 平安京は、平城京・長岡京などと同じく律令国家がつくった政治的な都です。中央北部に世界の中心としてそびえる大極殿、そこか...

 885年、藤原基経が「年中行事御障子文」というついたてを光孝天皇に献上しました。このついたては内裏の清涼殿に立てられま...

 「源氏物語」や「栄花物語」のような、このころ書かれた文学作品のなかでも、天皇の位をだれが受け継いでいくのかということは...

 自分の目の前で兄の伊周が逮捕されるという出来事を悲しんだ定子は出家してしまいました。その後、997年に兄たちの罪は許さ...

 藤原道長の妻の倫子は内裏への出入りや儀式の見物など、重要な行事に道長と参加することがありましたが、明子にはこうしたこと...

 貴族ではない庶民はどのように生活していたのでしょうか。このころ生活に困った人々が道路の片隅に捨てた子どもが犬や鳥に食べ...

 慶滋保胤の「日本往生極楽記」など、浄土に生まれ変わり往生したとされる人々の伝記集も編纂されました。 浄土信仰では、往生...

 道長の祖父、藤原師輔が残した文章を手がかりに、貴族の生活や彼らの文化を見てみます。師輔は「九条殿遺誡」という子孫へ残す...