承和の変と最澄

833年、淳和天皇は嵯峨の息子に位をゆずりました。即位した仁明天皇のもとで皇太子になったのは淳和の息子の恒貞親王でした。

 

 

官人たちのあいだには嵯峨太上天皇・任明天皇系と、これに対する淳和太上天皇・恒貞親王系という二つの派閥が作られていきます。

 

 

 

こうした二つの派閥のあいだの対立を背景として842年、承和の変が起こりました。皇太子恒貞親王の側近たちが中心となって政変をおこす計画があるという密告がきっかけでした。

 

 

この結果、恒貞親王は皇太子の位から退けられ、任明天皇の子、のちの文徳天皇が皇太子になりました。こうして嵯峨天皇の系統が天皇の位をひきついでいくことになります。

 

 

 

承和の変で力をのばしたのは藤原良房です。良房の妹の順子は任明天皇の妻となり、文徳天皇を産んでいます。また、良房の娘の明子は、その文徳天皇と結婚しました。このようにして仁明天皇との結びつきを強めた良房が、承和の変ののちの政界の最高権力者になったのです。

 

 

桓武天皇の息子たちが握っていた権力の中心は藤原氏のなかでも房前の系統である藤原氏北家に移ろうとしていました。

 

 

 

奈良時代の仏教の大きな特色は、天皇や国家を守るために仏教を用いる「鎮護国家」の思想でした。しかし、民衆に広く仏教を広めた行基が「小僧」から「大僧正」へと変わっていったことからもわかるように、一方では国家が管理する仏教から社会に深く根ざしていく仏教へと変化が起こっていました。

 

 

また、奈良時代から山の中で修行し、神秘的な体験をすることで悟りをひらくことを目指す山林修行が行われていました。こうした山林修行がさかんになっていたことは平安時代になって新しい仏教がうまれることにつながりました。

 

 

話は桓武天皇の時代に戻ります。804年に船出した遣唐使船には、その後の仏教界で活躍する最澄と空海が乗っていました。最澄は翌年、空海は806年に帰国します。

 

 

 

 

最澄は近江国でうまれ、20歳で正式な僧侶になりました。彼は比叡山で山林修行をはじめます。やがて宮中で天皇のために祈祷する僧侶となり修行中に学んだ中国の天台宗を広めていきました。桓武天皇も最澄の知識と才能に期待をかけ、唐にわたって仏教を学ぶことを命じます。

 

 

桓武天皇は仏教界が政治に影響を及ぼすことを嫌って平城京の大寺院が平安京に移ることを禁じ、僧侶への監督も強化しました。しかし、これは仏教が国家を守るという思想を捨てたわけではありません。桓武天皇は仏教が国家や天皇一族を守ってくれることを期待していたのです。

 

 

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