平安京遷都と桓武天皇

平城京にかわって都とされた長岡京はわずか10年で廃止されました。長岡京につづく新しい都が「平安京」です。

 

 

平安京のすがたは、平城京や長岡京と、ほぼ同じです。東西、南北にはしる大路で、町は碁盤の目のように区切られていました。

 

 

しかし、平安京にはこれまでの都と違う点もありました。たとえば、平安京では東西、南北にはしる道にかこまれた条坊が、どこでも同じ面積になっていました。これは、それぞれの道幅が異なることで条坊の面積に差があった平城京とは違っていました。

 

また、平安京には東寺・西寺が朱雀大路をはさんで対称に置かれているほかは京内に大きな寺院はありませんでした。この点、大きな寺院がたくさんあった平城京とは様子が違います。

 

 

 

平安京の北側の中央には、宮とよばれる区画がありました。ここには、天皇やその妻たちが住む内裏、大きな儀式のときに天皇があらわれる大極殿、やはり大きな儀式のときに官人たちが整列する朝堂院や、官人たちが仕事をする各官庁がありました。

 

 

宮のなかのこうした建物の配置も平城京や長岡京とほぼ同じです。ただし、内裏の場所がはじめから大極殿・朝堂院と離れていたところが平城京や長岡京と違っていました。また、平安京では、朝堂院の西に公的な大宴会のための建物として豊楽院がつくられました。

 

 

 

平安京をつくらせた桓武天皇は、それまでの天武天皇の血をひく天皇とは違い、自分が天智天皇の血をひく天皇であることを意識していました。そして自分を中国の皇帝になぞらえ、国土とそこにすみ人々を天皇のもとで支配しようとしたのです。

 

 

平安京の建設と蝦夷戦争という二大事業は、こうした桓武天皇の考えをあらわしています。しかし桓武天皇はなくなる直前にこの二大事業を中断しました。国家財政や民衆への負担があまりにも大きかったからです。

 

 

 

 

桓武天皇の時代の政治としては、国家の財源を確保するために国司に対する監督を強めたことも重要です。このころ、都に運ばれる税である庸・調が都に届かなかったり、その品質が悪くなったりしていることが問題となっていました。

 

 

政府はその原因の一つとして、国司の仕事ぶりに問題があると考えていました。そこで任期が終わって交替する国司の仕事ぶりを審査し、不正がなかったかどうかを調査する勘解由使という官人をおきました。

 

 

このように桓武天皇は律令国家を再編成し、さらに発展させていこうという努力をしていったのです。

 

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