地方豪族による支配が新しい勢力にとって変わられ始めた

長岡京や平安京も、水陸の交通に便利な土地として選ばれましたが、理由はそれだけではありません。

 

 

これらの場所はいずれも渡来系氏族の秦氏が古くから本拠地にしていた土地であり、都の建設にあたっては秦氏の協力が大きかったと考えられます。桓武天皇の母である高野新笠が渡来系氏族の出身であることも渡来系氏族の協力を得やすかった大きな理由でしょう。

 

 

 

長岡京は、都を移してわずか10年で廃止されてしまうことになりました。最近の発掘調査では長岡京が平城京や平安京におとらない、本格的な都として建設されていた事実があきらかになってきました。

 

 

こうした事実があきらかになればなるほど、ではなぜ10年で廃止しなければならなかったのかという問題が残ります。早良親王の怨霊になやまされた結果なのか、水害が決定的な打撃をあたえたのか、さらに他の理由があるのかは長岡京にまつわる大きな謎です。

 

 

 

 

8世紀後半の地方社会で、ある事件が頻繁におこるようになります。それは、都におかれた稲をおさめる倉が何者かに放火される事件です。この不審な火事は「神火」つまり、神の怒りにふれておこる火事といわれました。

 

 

しかし実際には、この火事は地方社会における郡司の地位争いを背景におこったものでした。現職の郡司と対立する豪族が倉に放火して、その責任を現職の郡司になすりつけることで、郡司の地位から追い出そうとするものだったのです。

 

 

 

郡司はその地域の古くからの豪族のなかから任命され、地方社会で大きな力を持っていました。ところが8世紀後半になると、郡司になる力を持つ勢力がいくつもあらわれて、郡司の地位をめぐって争いが起こるようになります。

 

 

同時にこれは古くからつづく地方豪族による支配が新しい勢力にとって変わられ始めたことを示しています。地方社会は大きく変わりつつありました。

 

 

各地の郡におかれた稲を納めていた倉と思われる遺跡を発掘すると、焼けた米が出土することがよくあります。文献に登場する「神火」事件を裏付けるものとして非常に興味深いものです。

 

 

 

790年、政府は次のような法令をだします。「田植えのときに人手を確保するために酒やごちそうを振舞うことは禁止している。

 

 

にもかかわらず、都の近くでは裕福なものが酒やごちそうを振舞うことで人手を独占している。これは道理に反することなので厳しく取り締まる」というものです。

 

 

ここでも古くからの豪族ではなく、裕福な新しい人々が登場したことで地方社会の秩序に変化があったことがわかります。

 

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