東北政策と新羅侵攻計画

淳仁天皇は即位の直後、藤原仲麻呂の姓に恵美の2字を加え、さらに押勝という名前を与えました。つまり藤原恵美朝臣押勝という名前を与えたのです。このほかにも仲麻呂には莫大な財産や、さまざまな特権が与えられました。

 

 

仲麻呂はこうした政治権力を背景に、さまざまな政策を実行します。そのひとつが役所や役職の名前を中国風にあらためることです。太政官は「乾政官」、太政大臣は「大師」などとあらためられました。

 

 

これは、仲麻呂が唐にあこがれ、唐の政治を強く意識していたためです。ただし、このときにつけられた役所や役職の名前は、のちに仲麻呂が力を失うともとに戻されました。

 

 

 

 

また、貨幣の改鋳もおこないました。万年通宝という銅貨を発行して、和同開珎10枚と交換できるという比率を定めました。あわせて開基勝宝という金貨と太平元宝という銀貨も発行しました。さらに仲麻呂の目は都の外側にも向けられていきます。

 

 

 

藤原仲麻呂は子の朝?を陸奥国の長官に任命し、陸奥国の城柵である多賀城や出羽国の城柵である秋田城を大規模に修築します。

 

 

さらに陸奥国に桃生城、出羽国に雄勝城という城柵を新たに作らせて、東北地方を支配するための準備をすすめていくのです。

 

 

このとき修復した秋田城は蝦夷との戦いに備えた軍事基地としてだけではなく、渤海から施設をまねくなど外交の場としても重要な役割を果たしました。

 

 

 

758年、渤海から使者をともなって帰国した遣渤海使が、驚くべき情報をもたらしました。それは755年に唐の地方官である安禄山と史思明が唐王朝に対して大きな反乱(安史の乱)をおこして都の長安を占領し、皇帝だった玄宗が長安を捨てて逃げ出したという情報でした。

 

 

強大な力を誇った唐王朝が地方官の反乱に脅かされているというこの知らせは日本を含む周辺諸国に大きな衝撃をあたえます。

 

 

日本はこのとき唐と新羅との関係に関心を寄せていました。それまで新羅は唐と親しい関係を築くことで周辺の日本や渤海と対抗してきました。

 

 

しかし、安史の乱によって唐王朝の力が弱くなれば、新羅は唐の後ろ盾を得られなくなるとみた日本は、ただちに新羅に侵攻する計画をたてるのです。唐や新羅と隣り合い、両国の脅威に常にさらされていた渤海も日本の動きに応じようとしました。

 

 

 

しかしこの計画はすぐに立ち消えになります。安史の乱がひと段落したことや、新羅侵攻計画を強力に推し進めていた藤原仲麻呂が急速に権力を失ったことが大きく関係したのです。

 

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