藤原仲麻呂の台頭

陸奥国で金が発見された749年、そのことを記念して年号が天平感宝とあらためられました。同じ年、聖武天皇は皇太子だった阿倍皇女に天皇の位をゆずります。

 

 

奈良時代3人目の女帝、孝謙天皇です。天皇の位をしりぞいた聖武天皇は、それ以降は聖武太上天皇とよばれ、光明皇后は光明皇太后とよばれるようになります。

 

 

 

孝謙天皇が即位すると、天皇の母である光明皇太后のために、紫微中台という役所がおかれました。この役所にはさまざまな政治的権限があたえられ、即位したばかりでまだその地位が不安定だった孝謙天皇をささえる役割を果たしました。

 

 

 

この紫微中台の長官になった人物が藤原仲麻呂です。彼は藤原武智麻呂の次男で、政界で順調に出世していきましたが、この紫微中台の長官になったことで一気に政治の実権をにぎっていきます。

 

 

752年4月9日、いよいよ大仏の開眼会が盛大に行われました。大仏の完成をだれよりも望んでいた聖武太上天皇、光明皇太后、孝謙天皇をはじめとして、多くの人々が参列しました。

 

 

このとき、本当は大仏の表面を金で覆う作業が完全には終わっていなかったのですが、聖武太上天皇が重い病気にかかっていたこともあり開眼会を急いでとりおこなったのです。待ち望んでいた開眼会にたちあった聖武太上天皇は、その4年後の756年に亡くなりました。

 

 

 

 

聖武太上天皇が亡くなると、藤原仲麻呂の発言力はさらに強くなっていきます。

 

 

結婚していない孝謙天皇には、皇子や皇女がいなかったため、次の皇位継承者をだれにするかが大きな問題になっていました。このとき孝謙天皇は藤原仲麻呂の意見を受け入れ、天武天皇の孫である大炊王を皇太子にすることを決めました。

 

 

また、仲麻呂は自分の祖父である藤原不比等が編纂した養老律令を施行して、祖父の功績をたたえるとともに自分の政治的地位をつよめていったのでした。

 

 

このように権力を自分にあつめようとする仲麻呂に対して、これに反対する勢力もあらわれます。橘諸兄の子、橘奈良麻呂をはじめとする勢力です。彼らはひそかに仲麻呂を殺害する計画をたてますが、そのことが密告によってあきらかになり、逆に仲麻呂によって滅ぼされてしまいます。

 

 

こうして反対勢力は一掃され、仲麻呂はさらに強大な権力を手に入れます。758年には孝謙天皇が天皇の位を大炊王にゆずり、淳仁天皇が即位します。仲麻呂と関係が深い淳仁天皇が即位したことによって、仲麻呂の政治権力は強固なものとなっていきました。

 

関連ページ

邪馬台国の時代
倭王卑弥呼の登場
卑弥呼と関わる魏の戦略 宝物や倭王としての権威を高める働きかけ
魏志倭人伝における倭人の世界
畿内を代表する纏向遺跡
卑弥呼の時代の九州北部の中心的な遺跡
卑弥呼の時代の大型前方後円墳の登場
古墳時代初期の前方後円墳
弥生時代の各地に広がる古墳づくり
「魏志」倭人伝で伝わる、弥生時代の緊迫する東アジア情勢 
4世紀初めに途絶えた中国とのやりとり
広開土王の碑文とは
巨大古墳と渡来時代
弥生時代に渡来する人・モノ・文化 
渡来系氏族の登場
稲荷山古墳と江田船山古墳からわかる大王と豪族
百済は475年に高句麗に攻められて力が衰えた付近の古墳文化の変容と広がり
継体天皇と百済
磐井の乱と伽耶滅亡
大阪府高槻市の今城塚古墳 6世紀頃の新しい古墳の姿
弥生-古墳-飛鳥時代に向けての世襲される王の権力
6世紀中ごろ以降の地方の生産工房
群集墳の登場
仏教伝来
飛鳥寺への道
飛鳥文化のはじまり
厩戸王子と蘇我馬子
遣隋使と冠位十二階
隋の煬帝と留学生
唐と新羅
吉備池廃寺と蘇我氏の横暴
乙巳の変と大化の改新
難波宮と孝徳大王
百済滅亡と亡命百済人
朝鮮への備えと古代人の姓
壬申の乱と東国
倭国の歴史と日本書紀
天武天皇と官僚体制
天武天皇の時期の国土の整備・国・道・都
天武天皇から持統天皇へ
日本国と国の組織づくり
地方組織をととのえる-7世紀、国司、郡司、里長、口分田
飛鳥時代の人々が納めた税
飛鳥時代の公文書と木簡
平城京の建設と和同開珎の発行
飛鳥時代に流入する東アジアの制度と文化
遣唐使と遣新羅使
遣唐使と外交
国際色ゆたかな天平文化
蝦夷と隼人
平城京の姿
出雲臣安麻呂の昇進 
他田日奉部神護の就職願い
正倉院に伝わる古文書-写経所
平城京の左京と右京の賑わい
「日本霊異記」 遠距離交易をする人々
郡司の権威と郡家
郡符木簡
「万葉集」にうたわれた生活のための様々な労働
風土記からみる土地の神へのおそれ
墾田永年私財法
天平の幕開け
戦乱と聖武天皇
国分寺建立と大仏造立
行基と国家仏教-平城京に都が置かれていたころ
東北政策と新羅侵攻計画
藤原仲麻呂の失脚と道鏡の登場
天武天皇系から天智天皇系へ
長岡京廃止の謎
地方豪族による支配が新しい勢力にとって変わられ始めた
桓武天皇の蝦夷政策
平安京遷都と桓武天皇
桓武天皇の息子たち
承和の変と最澄