天平の幕開け

729年から20年ほど続いた「天平」という年号は、奈良時代を象徴することばとしてよく使われます。しかしその文字から連想される平和なイメージとは裏腹におだやかではない出来事が連続して起こりました。

 

 

710年に平城京に都を移した元明天皇は715年に娘の氷高内親王に天皇の位をゆずり、元正天皇が即位します。女性の天皇が2代続いたあと、724年、文武天皇の子である首皇子が即位して聖武天皇となりました。

 

 

 

こうしたなか、天皇をささえる貴族たちの権力争いが激しくなっていきます。天武・持統天皇によってはじまった律令国家の建設に大きくかかわった人物の一人に藤原不比等がいました。

 

 

藤原不比等は大化の改新で活躍した藤原鎌足の子で大宝律令や養老律令の編纂に携わりました。まさに律令国家建設の中心人物でした。また自分の娘を文武天皇や聖武天皇の妻にするなど権力の地盤も固めていました。

 

 

 

藤原不比等の死後、権力を握ったのは長屋王でした。長屋王は天武天皇の孫であるという家がらの良さを背景に724年、政界最高の地位である左大臣にまでのぼります。

 

 

729年2月、朝廷のもとに「左大臣の長屋王が国家への反乱を計画している」という密告がもたらされます。この密告を受けて、ただちに藤原宇合の率いる兵士たちが長屋王の邸宅を取り囲みました。

 

 

追い詰められた長屋王やその妻、そして子供たちは自害させられてしまいます。これが長屋王の変です。この事件は藤原不比等の息子たち、武智麻呂、房前、宇合、麻呂の4人が長屋王を陥れるためにしくんだ陰謀だったようです。

 

 

 

この4か月後、都の近くで甲羅に文字の書かれた亀が発見されました。そこには「天王貴平和百年」(天皇のおさめる世は尊く平和で百年続く)というめでたい言葉が書かれていました。

 

 

聖武天皇はこのことに喜び、年号を「神亀」から「天平」にあらためることにしました。この時代は珍しいものが発見されたりすると年号をあらためることが多く、今回の場合も亀に書かれた文字から2文字をとって「天平」としたのです。もちろん甲羅に文字の書かれた亀が自然に生まれるわけはなく、年号を変えるための演出でしょう。

 

 

長屋王の変という暗い事件を払いのけ、気分をかえる目的であったと考えられます。

 

 

 

ではなぜ藤原氏は長屋王を攻撃したのでしょう。長屋王が藤原氏の陰謀で滅ぼされた理由は、聖武天皇の妻の一人であった光明子を皇后にしようとする藤原氏に長屋王が激しく反対していたためだと言われています。

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