墾田永年私財法

8世紀になって律令制度が本格的にはじまると、水田開発がそれまで以上に大切になっていきます。班田収授法を全国で実施するためには口分田として支給する田を確保しなければなりません。そこで国家は様々な政策をうちだします。




まず722年に、「百万町歩の開墾計画」が発表されます。これは人々に道具や食料を支給して、10日間かけて山野を切り開いて耕させ、全国で100万町歩の田を開発するという壮大な計画でした。のちの平安時代でさえも田の面積の合計は全国で86万町歩あまりであったという記録が残っていますから、この計画がいかに大掛かりなものであるかがわかります。しかし、これは実現しませんでした。


翌723年には三世一身法という法令がだされます。これは新しく溝や池を作って土地を開墾した場合は三世(本人・子・孫)にわたって土地が開墾者のものとなり、もとからある溝や池を利用して開墾した場合には一身(本人)に限って開墾者のものになるという法令です。この法令には、開墾を奨励するとともに、開墾した土地を最終的には国家のものとするという目的がありました。


ところが人々は、三世一身法ではなかなか開墾への意欲をかきたてられなかったようです。なぜなら、せっかく開墾しても1代限り、もしくは3代限りで国家に取り上げられてしまうからです。そこで三世一身法が出されてから20年後の743年、いままでにない新しい法令が出されます。それが墾田永年私財法です。


墾田永年私財法は開墾した土地を国家が取り上げず、一定の条件をつけて、永久に開墾者の土地とする法令です。この法令により、開墾に対する人々の意欲が掻き立てられ、土地の開発が急速にすすんでいくことになりました。


また、このころの土地開発をしめすものとして、条里制といわれる土地整備が行われるようになったことも重要です。条里制とは土地を正方形に区画整理して、農地を合理的に利用するもので、水田がさかんに開発されていく8世紀後半以降、しだいに整備されていきました。条里制に基づく土地の区画はこのあとも長い時間をかけて日本列島各地に広がっていきました。


こうして農作業を進めていくうえで一番恐ろしいのは日照りや長雨などの気象条件の変化です。米を財源とする国家にとっても日照りや長雨による米の不作は大きな痛手になります。そのようなとき、この時代の人々は神仏に祈るしかありませんでした。それくらい収穫は不安定なものだったのです。

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