「万葉集」にうたわれた生活のための様々な労働

人々は農作業ばかりではなく、生活のために様々な労働をしていました。庸・調といった都に納める税も、その地域の特産物があてられていたのです。これらは成人男性だけに負わされる税ですが、それは建前で実際には女性を含めて総出で働いていたようです。
 東国と呼ばれていた現在の関東・甲信越地方は古代には質の良い布の産地として知られていました。東国からは庸・調として布が都に納められていたのです。

 

 

「万葉集」には次のような歌が残されています。

 

 

多摩川に さらす手づくり さらさらに なにそこの児の ここだかなしき
庭にたつ 麻手刈り干し 布さらす 東女を わすれたまふな

 

 

 多摩川は、現在の東京都と神奈川県のあいだを流れる川で、このころは武蔵国に属していました。このあたり一帯は古代には有名な麻布の産地で、東国の人々は布の生産に力を入れていたのです。この歌からは、女性が布を生産していたことも読み取れます。

 

 いっぽう、長野県千曲市の屋代遺跡群は信濃国埴科郡の郡家に関係がある施設のようです。この遺跡からは7世紀後半から8世紀前半にかけての木簡が数多く出土しましたが、そのなかに布の生産にかかわるものがありました。そこには、布を生産する労働者としての男性の名前が書かれていて、武蔵国と同じく布の名産地である信濃では、多くの男性を集めて布の生産をしていたことがわかっています。

 

 

 こうした史料を見ていくと、地域社会では男女がともに力を合わせて特産物の生産につとめていたことがわかります。これは農作業でも同じことです。田植えのときには「さおとめ」と呼ばれる女性たちが大切な役割を果たしていましたし、刈り取った稲を精米するのにも女性の働きが大きかったのです。そればかりではなく、草刈りなどでは子供たちも働き手として駆り出されました。

 

 

 

 海に近い地域では漁業が盛んでしたが、塩づくりもまた、人々の生活にとって大切な仕事でした。日本列島では、おもに海水から塩をつくっていたので、海に近い地域の人々は共同で塩の生産にあたり、税として都に納めたり、商品として各地に出荷したりしたのです。

 

 

 

 こうした生活のための様々な労働は、郡司など地方豪族の指導のもとで行われていました。郡司は配下の村人たちを労働力として集めて、効率よく生産をすすめたのです。郡符木簡は、村人を集めるために効果があったはずです。各地の郡家の遺跡から多くの農具が見つかることも郡司が地域の生産活動の中心であったことを示しています。

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