平城京の姿

710年に都となった平城京には様々な人々が住んでいました。平城京の北側の中央には平城宮という区画があります。そこには天皇やその妻などが住む内裏、天皇が儀式を行う大極殿、儀式のときに官人たちが整列する朝堂院とよばれる空間、そして官人が仕事を行う各官庁がおかれていました。平城宮はそのころの政治の中心だったのです。

 

 

 

平城宮の南には朱雀門とよばれる正門があって、そこから南に、朱雀大路という直線道路が走っていました。幅70mともいわれるこの朱雀大路は、いわば平城京のメインストリートでした。この道路をさかいに東側は左京、西側は右京とよばれました。これは、都の北側に住んでいる天皇が都を見たときに向かって左側が東、右側が西になるためです。

 

 

 

平城京は南北の道路と東西の道路によって整然と区画され、碁盤の目のように町がつくられました。

 

 

 

東西に走る大通りは一条大路、二条大路など「条」がつき、南北に走る大通りは一坊大路、二坊大路など「坊」がつきます。このように町が区画される制度を条坊制といいます。

 

 

 

貴族や官人をはじめ、都で働く人々はこの平城京に集まって住んでいました。10万人ちかくの人口があったという説もあります。ただし身分によって住む場所やその広さも大きく異なっていました。たとえば、有力な皇族である長屋王は平城宮のすぐ近くに大変広い邸宅を持っていましたが、下級の官人たちは平城宮から遠く離れた場所に狭い土地が与えられていました。

 

 

 

官人たちは、それぞれ位階を持っていました。このうち五位以上の位階を持つ官人は貴族とよばれるエリートで、位階にしたがって様々な特権が与えられました。五位以上の位階をもらうことは難しく、その人数は百数十人ほどであったと言われています。

 

 

これに対して六位以下の位階を持つ中下級の官人は600人ほど、さらに位階を持たない職員が6000人ほど平城宮で働いていたのではないかと考えられています。このほかに、地方から上京して一定の期間だけ都で働く人々、さらに僧侶や貧しい人々など、実に多くの身分の人々が都で生活していました。

 

 

 

平城京の一等地に住む長屋王については、長屋王家木簡の発見で、そのくらしぶりが明らかになってきました。長屋王の邸宅には全国から各地の名産品が運ばれてきており、その権力の大きさがわかります。中には山の天然の冷凍庫である氷室から氷を運んで来たり、牛乳を煮詰めたヨーグルトのようなものも食べられていたことがわかっています。

 

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