蝦夷と隼人

8世紀にはいって日本という国名がうまれ、古代国家は中国に自分たちは「日本」であると名乗ります。しかし、このころの日本は今の私たちが考える日本とは大きく異なります。ではどういった点が異なるのでしょうか。

 

 

この時代、日本列島には律令国家に属さない人々が住む地域があると考えられていました。現在の東北地方北部に蝦夷、九州地方南部には隼人といった人々が独自の集団をつくって生活していたのです。

 

 

 

古代国家はこうした人々を従わせようとして、たびたび遠征を行います。7世紀半ばには阿倍比羅夫によって日本海側の秋田地方や津軽地方への遠征が行われたのを手始めに、古代国家は支配領域を広げることにつとめました。

 

 

そして蝦夷を支配するための拠点として城柵とよばれる施設を東北地方各地につくるようになりました。8世紀前半につくられた宮城県の多賀城は代表的な城柵です。

 

 

 

発掘調査によって、多賀城をはじめとする東北地方の城柵がどのような構造だったのかが、しだいに明らかになってきました。外側は柵や塀などで厳重に囲われて、外部からの侵入をふせぐ機能をもっています。蝦夷の攻撃に備えるためです。いっぽう、その内部には役所が整然と配置されていて、政治を行う機能ももっていました。

 

 

城柵というと戦争を行うための城というイメージがありそうです。しかし、蝦夷とは戦争ばかりしていたわけではありません。ふだんは蝦夷とのあいだで宴会や交易なども行われており、外交の場としても城柵は大きな役割を果たしていました。

 

 

同時に高くて頑丈な城壁や門、そして内部に整然とつくられた建物は蝦夷に対して律令国家の力を見せつける役割を果たしていたのでしょう。

 

 

 

次に南に目を向けます。九州地方南部には隼人とよばれる人々が独自の集団を作って生活していました。この地域もやはり7世紀末から8世紀にかけて、古代国家への編入が進む一方で、しばしば武力衝突に発展することもありました。

 

 

709年からは隼人が朝廷に挨拶にやってくる制度がはじまります。彼らは九州南部から都にやってきて6年交代で都の近くに住み、朝廷の儀式などで活躍するようになりました。これには隼人が律令国家に組み込まれたことをしめす象徴的な意味合いが込められています。

 

 

隼人に限らず、蝦夷も都にやってくると朝廷での儀式に参加させて宴会が催されました。これは律令国家に属していない異民族が朝廷をしたってわざわざ挨拶にきたという演出効果を狙ったものです。

 

関連ページ

邪馬台国の時代
倭王卑弥呼の登場
卑弥呼と関わる魏の戦略 宝物や倭王としての権威を高める働きかけ
魏志倭人伝における倭人の世界
畿内を代表する纏向遺跡
卑弥呼の時代の九州北部の中心的な遺跡
卑弥呼の時代の大型前方後円墳の登場
古墳時代初期の前方後円墳
弥生時代の各地に広がる古墳づくり
「魏志」倭人伝で伝わる、弥生時代の緊迫する東アジア情勢 
4世紀初めに途絶えた中国とのやりとり
広開土王の碑文とは
巨大古墳と渡来時代
弥生時代に渡来する人・モノ・文化 
渡来系氏族の登場
稲荷山古墳と江田船山古墳からわかる大王と豪族
百済は475年に高句麗に攻められて力が衰えた付近の古墳文化の変容と広がり
継体天皇と百済
磐井の乱と伽耶滅亡
大阪府高槻市の今城塚古墳 6世紀頃の新しい古墳の姿
弥生-古墳-飛鳥時代に向けての世襲される王の権力
6世紀中ごろ以降の地方の生産工房
群集墳の登場
仏教伝来
飛鳥寺への道
飛鳥文化のはじまり
厩戸王子と蘇我馬子
遣隋使と冠位十二階
隋の煬帝と留学生
唐と新羅
吉備池廃寺と蘇我氏の横暴
乙巳の変と大化の改新
難波宮と孝徳大王
百済滅亡と亡命百済人
朝鮮への備えと古代人の姓
壬申の乱と東国
倭国の歴史と日本書紀
天武天皇と官僚体制
天武天皇の時期の国土の整備・国・道・都
天武天皇から持統天皇へ
日本国と国の組織づくり
地方組織をととのえる-7世紀、国司、郡司、里長、口分田
飛鳥時代の人々が納めた税
飛鳥時代の公文書と木簡
平城京の建設と和同開珎の発行
飛鳥時代に流入する東アジアの制度と文化
遣唐使と遣新羅使
遣唐使と外交
国際色ゆたかな天平文化
平城京の姿
出雲臣安麻呂の昇進 
他田日奉部神護の就職願い
正倉院に伝わる古文書-写経所
平城京の左京と右京の賑わい
「日本霊異記」 遠距離交易をする人々
郡司の権威と郡家
郡符木簡
「万葉集」にうたわれた生活のための様々な労働
風土記からみる土地の神へのおそれ
墾田永年私財法
天平の幕開け
戦乱と聖武天皇
国分寺建立と大仏造立
行基と国家仏教-平城京に都が置かれていたころ
藤原仲麻呂の台頭
東北政策と新羅侵攻計画
藤原仲麻呂の失脚と道鏡の登場
天武天皇系から天智天皇系へ
長岡京廃止の謎
地方豪族による支配が新しい勢力にとって変わられ始めた
桓武天皇の蝦夷政策
平安京遷都と桓武天皇
桓武天皇の息子たち
承和の変と最澄