国際色ゆたかな天平文化

新羅商人のもたらす香料・薬物・染料・顔料・調度品や渤海商人がもたらすテンやクマなどの毛皮、遣唐使がもたらす品物などは都の貴族たちを夢中にさせました。

 

 

こうしたきらびやかな文化を奈良時代を代表する年号「天平」にちなんで天平文化といいます。

 

 

天平文化を現在につたえるのが東大寺正倉院に伝わる数多くの宝物です。正倉院宝物とよばれるこれらの品々の多くは聖武天皇の遺品を妻である光明皇后が東大寺の大仏に献上したもので、東大寺の境内にある正倉院という倉のなかにおさめられました。

 

 

校倉造とよばれる独特な建築技法で有名な正倉院は、度重なる東大寺の火災を奇跡的にまぬがれながら天平の文化を良好な状態で伝えてきたのです。高床式の倉庫になっており全長33m、高さ14m、床下の高さ2.7mという大きな倉で、内部は3つの部屋に分かれています。

 

 

 

宝物の種類は家具などの調度品、衣服や装飾品、古文書、文房具、楽器、武器や武具、仏教の儀式に使う道具、香料や薬物、食器、遊具など実に様々です。そしてその多くが唐や新羅からもたらされました。

 

 

また正倉院に残る宝物のなかには瑠璃杯(ガラス製のグラス)のように、そのデザインの起源が中央アジアや西アジアにあるものや、熱帯アジアが原産の香木や薬物などもあり、実に国際色ゆたかです。こうした品々の担い手はやはり遣唐使や新羅商人たちでした。彼らの活動によるものが非常に大きいのです。

 

 

正倉院には、きらびやかな宝物のほかに正倉院文書とよばれる奈良時代の古文書が1万点以上残っています。これはもともと東大寺におかれた写経所がつくった公文書でした。写経所とは仏教の経典を書き写すためにおかれた役所で、その毎日の事務を書き記した記録が正倉院の宝物のなかに残っていたのです。

 

 

このなかには、様々な役所で捨てられた公文書をかき集めて文書の裏面を再利用して書かれたものもありました。戸籍や計帳といった公文書はこういう事情で正倉院に伝えられたものです。正倉院文書は歴史書からだけではわからない奈良時代の社会の様子を伝えているのです。

 

 

そして天平文化のもうひとつの特徴は、文字で書かれた作品がつくられるようになったということです。「古事記」「日本書紀」といった歴史書をはじめとして、宮廷などでうたわれた和歌をあつめた「万葉集」、中国文化の影響を受けた漢詩集「懐風藻」、そして各地の地名や特産物を記した「風土記」などが編纂されていったのです。

 

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