平城京の建設と和同開珎の発行

都には全国から税が運ばれてきます。その税には木でつくられた荷札が括りつけられ、その税がいつ、どこの、だれによって納められたものなのかが細かく書かれていました。これを荷札木簡といいます。

 

 

この荷札木簡は運ばれてきた品物には必ずついていますが、都に品物が届けてしまえば必要なくなり、捨てられます。ですから都の跡からは全国から運ばれてきた荷札木簡が大量に出土することになります。

 

 

これらを研究することで、それぞれの国からどんな種類の税が運ばれてきたのか、さらにはそのころの地域の特産物は何だったのかを知ることができるのです。

 

 

 

そうして国家のしくみが整えられていくと文武天皇の次に即位した元明天皇は藤原京にかわる新しい都を建設する計画をたてます。それが平城京です。

 

 

平城京の建設に先立って、政府は708年に和同開珎という貨幣を発行します。実はこの年の正月に武蔵国から朝廷に和銅が献上されました。

 

 

銅はふつう、銅鉱石を高い温度で溶かして取り出すのですが、たまに銅そのものの状態で掘り出されることもあります。大変珍しいもので、これを和銅といいます。この和銅が献上されたことを記念して年号が和銅と改められ、銅を素材とする貨幣、和同開珎の発行が計画されたのです。そして同じ年に平城京の建設も開始されました。

 

 

 

和同開珎の発行前は布や米といった品物が貨幣の役割を果たしていました。たとえば、米一袋で渡し船に1回乗せてもらうといった具合です。

 

 

しかし、布や米では持ち運びや保存に不便だったり、品質に差があったりしてあまり合理的とは言えません。また、国家の予算が大きくなるにつれ、役所はこれらの品物を大量に蓄えていかなければいけなくなります。

 

 

 

こうした問題を解決するために発行されたのが和同開珎でした。銅でつくった貨幣、つまり銅銭を役所の支払いに用いれば、布や米といった品物を大量に蓄えておく必要はなくなります。とりわけ、平城京を建設するには大量の建設費用や労働者への給料が必要になりましたので、和同開珎の役割はますます重要になったのです。

 

 

実は和同開珎以前にも銅銭はありました。1999年、奈良県明日香村の飛鳥池遺跡から富本銭とその鋳型が発見されたのです。これによって7世紀後半の天武天皇の時代にすでに銅銭が使われていたことが明らかになったのです。しかし、この富本銭はどのくらい流通していたのかは記録が残っておらず、儀式用に使われたという説もあります。

 

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