飛鳥時代の公文書と木簡

筑前国の戸籍を見てみると墨できっちりと罫線が引かれ、しっかりとした楷書で1行にひとりずつ名前が記されています。

 

 

最初の行にその家の主人である戸主の名前が記され、以下、その戸に属する家族の名前が記されます。それぞれの名前のところには戸主との関係をしめす続柄、年齢、そして年齢ごとのグループ分けが記されています。

 

 

この戸籍を見てもうひとつ気づくのは朱で「はんこ」が押されていることです。ここに押されているのは筑前国国司の正式なはんこで、公文書を作るときに使われました。戸籍を勝手に書き換えたりしないように、字が書かれているすべてのところにはんこが押されたのです。

 

 

 

さらにもうひとつ、人々をどのように支配したかをしめすものとして、越前国の計帳を見てみましょう。戸籍とよく似た書き方をしていますが、注目されるのは、それぞれの名前の下に「右頬にほくろ」などと、その人の体の特徴までもが記されていることです。律令国家は、一人一人を支配するために名前と顔を一致させようとしたのです。

 

 

さらには名前の下に「天平九年五月逃」と書かれているものもあります。これは天平九年(737年)五月に逃亡して、行方がわからなくなっていることを示しています。

 

 

庸・調の負担が大きかったために家や家族を捨てて逃げ出す人がいたことが、この計帳からわかるのです。戸籍や計帳だけを見ても律令国家は実に細かく、そして大量に公文書を作っていたことがわかります。律令国家は公文書によって政治を行っていた国家であることがわかります。

 

 

 

そして古くから文字で記録するうえで重要な役割を果たしてきたものに木簡があります。木簡とは木を板のようにけずったものに墨で文字を書いたもので、古代社会のあらゆる場面で用いられた情報をつたえる手段です。

 

 

これまでの発掘調査によって、都がおかれていた場所を中心に、全国から20万点以上の木簡が出土しています。また木簡は、7世紀前半から10世紀ごろまで、広く使われていたことが確認されています。

 

 

 

その後も木簡は使われ続けていましたが、もっとも多く使われていたのは奈良時代・平安時代を中心とする古代でした。

 

 

このころは紙が貴重だったため、紙にかわる材料として木が利用されたのだとみることができますが、加工がかんたんであったり、持ち運びに便利だったり、紙に比べて丈夫だったりと木そのものの利点が喜ばれたのでしょう。このころの役所は木簡で情報のやりとりをしていたのです。

 

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