日本国と国の組織づくり

大宝律令が施行された翌年の702年、唐にむけて遣唐使が出発しました。約30年ぶりの遣唐使でした。

 

 

唐についた彼らは唐の官人から「どこの国から来た使いか?」と尋ねられます。それに対して遣唐使粟田朝臣真人は「日本国の使いだ」と答えました

 

 

唐の官人たちはその答えにとまどいます。彼らが来たという場所には「倭国」があったはずだからです。

 

 

 

倭国と日本国が違う国なのか同じ国なのかで混乱したようです。しかしやがてこの二つは同じ国で国名を変えたということがわかると、唐王朝も日本という国名を認めることになります。

 

 

井真成という遣唐留学生の墓誌のなかに日本という国名がはっきりと記されているのも唐が日本を正式な国名として認められていたことを意味しています。

 

 

それまで倭国と呼ばれていたこの国が、なぜ日本と国名を改めることになったのか、そして日本という言葉にどのような意味が込められているのかについてはまだはっきりしていない部分が大きいのですが、新しい国づくりをしていたことに関連していることは間違いありません。

 

 

 

大宝律令が施行されたことによって本格的に律令国家が動き出します。具体的には国家を実際に運営する役所である官司と、そこにつとめる官人について、細かいきまりが作られました。

 

 

まず官司については、政治の最高機関として太政官がおかれ、そこ属する左右の大臣や大納言などによって、さまざまな政策が話し合われました。また、祭祀をつかさどる機関として神祇官がおかれました。

 

 

 

太政官の下には大蔵省や民部省などの8つの省がおかれ、さらにその下にも仕事の内容に応じた役所がいくつもおかれました。今でいうならば国土交通省の下に鉄道局や道路局がおかれているのと同じです。これらの官司が協力しあいながら国家の政策を実行していたのです。それぞれ仕事を分担することで効率的にもなっていました。

 

 

各官司は長官・次官・判官・主典という「四等官」が中心となり、その下で多くの下級役人が仕事をしていました。

 

 

官人はそれぞれ位階を持ち、位階に応じた役職につくきまりになっていました。また、しごとについてからの年数や働きぶりに応じて、位階が上がっていくしくみでした、

 

 

ただし、すべてが平等におこなわれたわけではありません。中央の名門貴族の子弟には、最初から高い位階を与えたり、昇進に有利になるような制度をつくるなどして下級役人や地方豪族とのあいだに待遇の面で大きな差をつけたのです。

 

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