天武天皇と官僚体制

天武天皇の命令で編纂されはじめた日本書紀は720年に完成しました。その前に作られた「古事記」は天皇の命令で作られたものではなかったのです。

 

 

日本書紀は日本ではじめての勅撰歴史書です。勅撰とは天皇の命令で作られたという意味で、その後も9世紀末まで途切れなく勅撰歴史書が編纂されることになります。

 

 

「日本書紀」から「日本三代実録」までの6種類の歴史書を「六国史」といいますが、そのきっかけは天武天皇であるといえるでしょう。

 

 

 

天武天皇が次に目指したものは、強力な官僚制国家をつくることでした。

 

 

官僚制国家とは次のようなものです。それまで各地の豪族たちが自分自身で持っていた土地や人々を国家のものとして取り上げ、そのかわりに豪族たちを役人として編成して国家から給料を与えます。

 

 

 

その給料の財源となるものは、国家が支配する人々から税として取り立てます。つまり、官人が国家をささえ、その財源として公民から税を取り立てるというしくみが整ったのが、官僚制国家なのです。

 

 

この時期、官人として採用するための手続きや勤務態度を評価するための方法なども定められていました。さらに、官人に位階を与えることで出世のために仕事にはげむようにするしくみも新しく整えました。官人は墨や筆、硯などを使って文書を作成しました。

 

 

木簡を使う場合は、間違えた文字を削り取って書き直すために、小刀を使いました。このため、役人は「刀筆の吏」とも呼ばれました。

 

 

またこれに関連して「八色の姓」という新しい身分制度を定めます。これは8種類の姓「真人(まひと)、朝臣(あそみ・あそん)、宿禰(すくね)、忌寸(いみき)、道師(みちのし)、臣(おみ)、連(むらじ)、稲置(いなぎ)」を定めて官人を出すことのできる氏にこの姓を与えることで上級官人を出す集団を決めたものです。これにより、特定のエリート集団からのみ、つねに上級官人が出てくるようになります。

 

 

こうした官僚制国家を推し進める上で必ず必要になるのが律令という法律体系でした。日本が手本にした唐のような中央集権国家を建設するためには、やはり唐王朝がつくりあげた律令制度を取り入れる必要があったのです。

 

 

681年、国家は律令をつくる作業にとりかかり、天武天皇が亡くなったのちの689年、飛鳥浄御原令ができあがりました。この時点ではまだ律は作られていませんでしたが、やがて701年に大宝律令が定められることでついに律令が完成します。

 

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