倭国の歴史と日本書紀

壬申の乱で勝利をおさめた大海人皇子は673年2月、飛鳥浄御原宮で即位しました。これが天武天皇です。

 

 

この天武天皇の時代に「大王」にかわり「天皇」という呼び名が登場したようです。飛鳥寺の南東にある飛鳥池遺跡から、「天皇」と書かれた木簡が見つかったのです。現在のところ、時期がはっきりわかる資料のなかでは「天皇」の語を記す最も古いものです。

 

 

天智が亡くなる直前、倭国は唐と新羅のそれぞれから協力を求められていました。これに対して天武は唐よりも新羅との友好関係を重視する姿勢を見せました。強国の唐を警戒しながら唐のいろいろな制度をうまく取り入れた新羅から唐の制度を学ぼうとしたのです。

 

 

 

さらに天武は歴史書を作るように命じます。以後40年近くをかけて、さまざまな記録や伝承、神話などをあつめて編纂し、天武の孫の元正天皇のときにできあがったのが「日本書紀」です。

 

 

倭国の時代の歴史をまとめた日本版の正史と言えますが、その最大の目的は天武天皇とそれを引き継ぐ王権が正統であることを示そうというものでした。

 

 

そのため、たとえば壬申の乱も「日本書紀」では吉野で静かに暮らそうとしていた大海人皇子が、大友皇子側から不当な扱いを受けて仕方なく立ち上がり、奇跡的な勝利をおさめたという話になっています。「日本書紀」は勝者である天武が正しくて立派な存在であることを強調しているのです。

 

 

 

このように日本書紀はそのころの権力者にとって有利なように書かれていることの多い歴史書です。日本書紀は日本の古代史を知るのに欠かせない資料ではありますが、日本書紀の内容をそのまま信じることはできません。

 

 

また日本書紀は「日本」という国の名前をつけたはじめての歴史書でもあります。そしてこの日本という国名も7世紀末から8世紀前半に生み出されたようです。

 

 

それまでの倭という名称は、もともと中国が名付けたものでした。それに対して日本は、王権が自分で名乗った国名です。天武とそれを引き継いだ王権は中国を中心とした天下があることを意識しながらも、自分たちが理想とする王を中心とした世界のありかたを日本や天皇ということばにこめて内外に示そうとしていたのです。

 

 

そして天武天皇はふたたび飛鳥に戻って王宮をつくりました。この宮は、これ以前の宮を受け継ぎながら大極殿と呼ばれる宮の中心となる建物を付け加えたものでした。その後、宮の北西に新益京を作り始め、これが発展したのが持統天皇の代に完成する藤原京です。

 

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