朝鮮への備えと古代人の姓

671年1月には大王に直属する役職を新しくつくるなど、中央の政治体制をととのえ、さらに大王に権力を集中させようとします。そのときに頼りにしたのが百済から亡命してきた人たちの知識や経験でした。そこで天智は彼らを積極的に倭国の役人に取り立てました。

 

いっぽう、唐と新羅が攻めてくるのに備え、防衛態勢もととのえました。まず、前線となる壱岐、対馬や九州北岸などには防人とよばれる沿岸警備の兵をおき、のろし台も備えました

 

 

また、推古大王の時代に外国との実際のやりとりなどを担当するために博多湾岸においた筑紫大宰を少し内陸にはいった現在の福岡県大宰府市に移しました。

 

 

 

その近くには筑紫大宰を守るために水城と呼ばれる堀と堤をつくっています。土を積み上げた高さは13m、幅77mで長さが1200m、博多湾側の堀は幅が60mという巨大なものです。

 

 

さらに百済人の軍事専門家たちの指導で対馬から九州・瀬戸内海沿岸・近畿の各地に強固な朝鮮式の山城を作りました。筑紫大宰の近くにも大野城などの山城が設けられています。

 

 

6世紀に登場した氏や姓などは有力な豪族だけが名乗るものでした。しかし庚午年籍をつくるときは、それまで氏や姓を名乗らなかった豪族たちも自分が所属する氏を確認して名乗っていったようです。

 

 

 

また、このとき氏や姓とはかかわりのない普通の人々にも公式に姓が与えられるようになりました。そのときによく使われたのが大伴部や壬生部などの「○○部」です。

 

 

彼らの多くは部民制によってなんらかの部に属していました。それを姓として戸籍に登録したのです。現在では農民の意味で使う「百姓」も元々はこうした姓を持つすべての人々を指す言葉でした。

 

 

ただし、庚午年籍によっても姓を与えられなかった人々がいました。まず大王の一族である王族です。大王は人々に姓を与える立場にあったため、王族は姓の世界を超えた存在でなければならなかったのです。

 

 

 

また、奴婢もそうでした。奴婢は牛や馬と同じように売ったり買ったりすることのできる財産として扱われた人々です。奴は男性、婢は女性を指しています。彼らに姓を持たせないことで姓を持つ人々とのあいだに身分的な差別をおこなったのです。

 

姓は政治を行う役人にとっては大王から与えられる重要なものでした。しかし、政治となんのかかわりもない普通の人々には姓はたいした意味を持ちませんでした。姓は役人が税金を取り立てたり、兵士を集めたりするときに利用するものでしかなかったのです。

 

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