乙巳の変と大化の改新

645年6月12日、倭の政界は突然おこった争いに騒然とします。中大兄皇子をはじめとする人たちが大王の目の前でいきなり大臣の蘇我入鹿を襲ったからです。

 

 

このときの大王は中大兄皇子の母である皇極で、中大兄皇子は20歳という若さでした。

 

 

この日、飛鳥の宮殿では朝鮮各国の使節をむかえて儀式が行われていました。その最中に突然斬りつけられた入鹿は皇極の前に倒れこみ、彼女に助けを求めます。驚く大王にむかって、中大兄皇子は「入鹿は自分たち王族を滅ぼそうとしている」と訴えました。

 

 

これを聞いた皇極は、黙って宮殿の奥へと引き下がりました。大王に見捨てられた入鹿は中大兄皇子の仲間たちにとどめを刺されました。

 

 

 

計画通りに入鹿を殺害した中大兄皇子たちはすぐに入鹿の祖父の馬子が建てた飛鳥寺に入ります。いっぽう、飛鳥寺の西では息子の死を知った蝦夷が屋敷を兵で固めました。

 

 

しかし蝦夷の味方をするものはわずかでした。負けをさとった蝦夷は屋敷を焼き払い自害します。

 

 

「日本書紀」に記されたこの政変は干支でいうと乙巳の年であったことから乙巳の変と呼ばれています。計画したのは中国から帰国した知識人に国際情勢や思想を学んだ中大兄皇子や中臣鎌足たちでした。

 

 

 

乙巳の変のあと、皇極は大王の位を降りることを決めて皇極の弟の孝徳大王が即位しました。王位継承問題に深くかかわってきた蘇我蝦夷・入鹿一族が倒されたことをきっかけに、大王がいきているうちに自分の意志で王位をゆずる譲位がはじめておこなわれたのです。

 

 

新しい体制では中大兄皇子が中心となり、高向玄理や僧旻といった中国に留学していた人たちが、その知識をかわれて政権の相談役である国博士になりました。

 

 

政変の中心人物のひとりだった中臣鎌足には、大王の側近として政権に参加できるように内臣という地位が与えられました。

 

 

「日本書紀」によると、発足した新政権は「大化」という年号をたて、宮殿を大阪湾岸の難波に移し、次々に新しい政策を打ち出したといいます。

 

 

この時期の政治改革は「大化の改新」と呼ばれています。そしてこの大化が、現代の昭和や平成にもつながる日本独自の最初の年号だと言われています。

 

 

しかしじつは大化の年号が本当に使われていたかどうかははっきりしません。また、このときの政治改革についても「日本書紀」に書いてあるとおりではなかったと言われています。ただし、この時期に重要な政治改革がおこなわれたのは事実だとわかってきています。

 

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