仏教伝来

京都や奈良には古い仏教寺院が現在も多く残っています。仏教は日本の歴史や文化を語るうえで欠かせないものです。

 

 

しかし、アジアのなかで日本の仏教をとらえてみると、その始まりはそれほど古くはありません。紀元前5世紀ごろインドでうまれた仏教は、紀元1世紀に中国に伝わります

 

 

そしてこの仏教が朝鮮半島を経由して日本列島に伝えられるのはそれからさらに500年もあとの6世紀のことでした。

 

 

 

仏教を正式に倭国へ伝えたのは百済の聖明王です。彼は百済を復興させた武寧王の息子です。523年に父のあとを受け継いだ聖明王は、中国の梁で、五経博士だけでなく僧侶も支配者たちの相談役として活躍しているのをみて、梁から積極的に仏教を取り入れます。そして倭国にも仏教を伝えることで、倭国の支配者たちともっと関係を深めようとしたのです。

 

 

 

このころの仏教は、宗教だけでなく建築や芸術、政治・経済・科学など、様々な分野の最先端の知識を教える役割がありました。ところが大王は、仏教の受け入れに積極的ではありません。

 

 

大王のそばにいる有力豪族たちの多くも同じでした。「日本書紀」はその理由を仏教が外国からきた神だったからだと説明しています。

 

しかし、理由はそれだけではありません。もっと大きな理由は仏教が支配者たちにこれまでの支配体制や組織のありかたを変えるよう、強く求めるものだったからです。

 

 

 

東アジアでは、仏教は中国王朝を中心とする中華思想と結びついていました。梁の皇帝も仏教を熱心に信じ、保護していました。

 

 

このため、梁の力を借りて国内支配や外交を有利にすすめたい周辺各国の王は仏教を取り入れることで梁との関係を強めようとしました。ところが倭国では、武王以来、中国から離れて大王を中心とした独自の支配体制を苦心して作り上げてきました。

 

 

ゆえに、仏教を受け入れて倭王がふたたび中華皇帝の天下に組み込まれると、これまでの大王の支配体制とうまくかみあわない部分がでてきてしまうのです。

 

 

 

さらに寺院を中心とした仏教のありかたも支配者たちがつくりあげてきた氏族のありかたとは異なるものでした。氏族は親子や親族といった血のつながりがもとになっています。

 

 

これに対して仏教寺院では血のつながりは関係なく、僧侶を中心に先生から弟子へと技能や知識が伝えられていきました。そしていろいろな出身のひとが集まり、自分の才能を発揮していました。それは現在の役所や学校に似た、これまでにない組織だったのです。

 

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