6世紀中ごろ以降の地方の生産工房

王権が管理するミヤケで生産されたものは地域で分配されるだけでなく、中央の王族や豪族のもとへ運ばれたり、地方の軍事拠点のミヤケに集められたりしました。

 

王権は、ミヤケに必要な労働力を集めたり、実際にミヤケを経営したりする権限を、地域の豪族たちにも与えました。ミヤケの経営にかかわれば、ミヤケが持つ生産力や日本列島各地とのつながりを自分たちのものにすることができます。

 

 

そこで地域の豪族たちはミヤケを利用して、ふたたび権威を高め、地域社会への影響力を強めようとしました。いっぽう、王権はミヤケを経営する地域の豪族たちを国造などの地方官に任命し、中央からも役人を送るなどして、中央と地方、地方と地方を結びながら地域支配をすすめていきます

 

 

 

こうして中央と地方に氏や国造など、それぞれの役割をもって王権につかえる中心的な支配者集団が作られると、王権は彼らに各地の人々を支配する権限を認めます。

 

 

これにより、中央の王族や氏のもとで、生産物をおさめたり労働の義務をおわされたりした人々を部といいます。この組織は各地の部を地方の国造一族らが率いて、それを中央の有力豪族がまとめるといったような縦わり組織になっていました。こうした支配の仕方を部民制とよびます。

 

 

このように6世紀中ごろ以降、倭国は中央と地方の体制を大きく変え、中央・地方の豪族それぞれの考えや望みをうまくとりこんでいきます。その結果、豪族たちは再び、王権に従うようになっていきました。

 

 

 

各地にミヤケや部が広がる6世紀の終わりごろ、地方での手工業生産、つまりモノづくりにも変化が起こります。

 

 

日本列島では鉄の原材料を輸入に頼っていましたが、伽耶がほろんで朝鮮半島南部から鉄を手に入れるのが難しくなるなか、6世紀後半から西日本を中心に鉄の生産が本格化します。

 

 

同じころ、須恵器を焼く地方の窯も増えていきました。それまで大阪の陶邑窯が全国へ須恵器をもたらしていた状況とはかわってきます。

 

 

 

また、これまで潮の生産をさかんにおこなっていた大阪湾岸の遺跡はこの時期に衰えていきます。それにかわって日本海側の若狭では6世紀後半の製塩遺跡が増えていきます。

 

 

こうした生産工房の地方への広がりは地方の生産力が高まった結果です。たとえば、この時期に登場した地方の須恵器窯のつくりには中央と異なるものがあり、地方と地方のあいだで、直接技術がつたえられることもあったと考えられています

 

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