磐井の乱と伽耶滅亡

520年代に入ると新羅もいよいよ伽耶攻略にむけて動き出しました。継体大王のもとには救いをもとめる伽耶からの使者もきていました。

 

 

ところが、これに応じて送られた倭軍が朝鮮半島へ渡る手前で九州の大豪族、筑紫君磐井の軍に押し戻されます。磐井の乱がおこったのです

 

 

 

磐井は現在の福岡県八女市のあたりを本拠にしていました。その力は玄界灘ぞいの地域だけでなく、有明海沿岸部や瀬戸内海に面した地域にも及んでいました。

 

 

磐井は倭国の国際交流の玄関口を押さえていたのです。しかも磐井は、もともと継体大王をささえた有力豪族のひとりでした。本拠地に巨大な前方後円墳(岩戸山古墳)を築き、大王との親密な関係を誇っていたのです。

 

 

おそらく彼は九州を拠点に倭王権の外交の担当者として朝鮮半島各国との実際の交渉にあたっていたのでしょう。そしてそのなかで新羅との親交も深めたようです。

 

 

 

 

ところが伽耶をめぐり倭と新羅が対立するようになると磐井は大王から離れて力を伸ばしている新羅を支持しました。「日本書紀」には新羅が磐井に陣営に引き入れる工作をしていたとされています。

 

 

磐井の反乱は1年半近く続きましたが最後は大王が送り込んだ物部氏の軍勢に敗れます。

 

 

物部氏はこの当時、軍事を担当していた一族です。このころはそれぞれの氏族によって担当する役どころが決まっていたようです。ところがそのすぐ後の531年、日本書紀は百済の歴史書に「継体大王と王子がともに亡くなった」と書いてあると記しています。磐井の乱の影響で中央では大王と王子が同時に亡くなるような政変が起こったのかもしれません。

 

 

 

そしてこのあとしばらく大王の位をめぐる混乱がまた激しくなりました。磐井の乱の結果、倭国が分裂する危険もでてきたのです。日本書紀には、継体が亡くなったあとに関東でも豪族のあいだで主導権争いが起こったことが記されています。豪族が大王の権力に頼りながら築いてきた地域社会の秩序も揺らいでいました。

 

 

いっぽう、百済と新羅はひきつづき東と西からそれぞれ伽耶攻略をすすめていきます。532年には新羅によって倭の友好国だった金官国が滅びます

 

 

そして550年代にはいると百済と新羅が直接戦うようになります。両国の戦いは新羅優勢のまますすみ、562年には大伽耶も新羅に降伏して、伽耶地域のほとんどが新羅のものになりました。倭国は古くからの友好国が消えていくことをどうすることもできなかったのです。

 

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