稲荷山古墳と江田船山古墳からわかる大王と豪族

江田船山古墳の太刀銘は「獲加多支歯大王」の時代に「典曹人」が作りました。典曹人は軍事以外の仕事をする文官のことです。銘文によると実際に刀を作ったのは伊太加という技術者で銘を作文したのは張安という渡来人です。

 

 

稲荷山古墳と江田船山古墳の二つの鉄剣にはいずれも獲加多支歯大王という王がでてきます。この人物は倭の五王のひとりである武王を指しています。武王のもとには武官や文官がそれぞれの役割を持って組織されていたのです。

 

 

しかも、この銘文のはいった刀剣が埼玉県や熊本県から見つかっていることから、これらの組織に関東や九州の豪族たちがかかわっていたこともわかります。

 

 

 

また、これらの刀剣銘文から武王が「天下を治める大王」と呼ばれていたことがわかります。武王の時代、王は日本列島の豪族たちをはるかに超えた「大いなる王」とよばれ、その大王が天下を支配するとされていたのです。

 

 

中国でも皇帝が支配する世界を天下といいますが、ここでいう天下とはそれとは別の大王が支配する世界のことです。

 

 

豪族たちを力で抑え込んだ大王は中国の漢字文化から学んだ天下という考え方をもとに大王中心の天下を作り出し、その世界のもとに豪族たちを組織しようとしたのです。ちょうどそのころから倭王は中央の皇帝と距離をおくようになります。478年を最後に倭王は中国へ使者を送るのをやめ、冊封関係をやめます。そして中国王朝から自立した国づくりを目指すのです。

 

 

 

倭の五王の時代、倭国は順調に成長していたようにみえますが、実はそうでもありませんでした。中国の正史「宋書」は倭の五王について、讃と珍は兄と弟、済と興・武は父と兄・弟の関係だと明記していますが、讃と済の続柄を記していません

 

 

また済と興が相次いで亡くなったという記事もあります。大きな政治の動きがあったようです。讃と珍が日本のどの天皇にあたるかもいまだはっきりしていません。

 

 

「日本書紀」もこれと重なるように済王にあたる允恭王が即位直後から豪族と対立し、興王にあたる安康王は在位3年で暗殺されたと書いています。さらに武王にあたる雄略王も大和や吉備の大豪族と激しく対立し、彼らを力でねじ伏せたとしています。

 

 

 

このころ朝鮮半島では伽耶南部の国々が急速に衰え、新羅の影響が強まっていました。そして伽耶南部と関係の深かった倭の豪族たちはその変化に巻き込まれ混乱していました。そのなかには新羅などと関係を強めて倭王と衝突する豪族もでてきます。

 

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