渡来系氏族の登場

5世紀なかごろまでの倭国には、渡来人がもたらした複雑な技能や知識を学び取り、次の世代へと伝える体制が、まだ確立されていませんでした。それゆえ、渡来した技術者が帰国したり亡くなったりすると技術そのものが途絶えることもあったようです

 

 

たとえば、須恵器づくりには窯と呼ばれるトンネル状の施設を築いて高温で焼くという新しい技術が必要でした。

 

 

5世紀前半、西日本各地の豪族たちは朝鮮半島から須恵器づくりの職人たちを呼び寄せて窯を築いて須恵器を生産していました。ところが多くの地方ではごく短い期間しか須恵器を生産していないのです。高度な技術を後々まで伝えることができなかったのでしょう。

 

 

 

このため倭王やその周辺の実力者の豪族たちは、5世紀中ごろから豪族のもとなどにバラバラにいた渡来技術者たちを王権の工房に集めます。自分たちで技術者を育てられるような新しい組織を作ろうとしたのです。

 

 

須恵器生産でみれば、大阪の陶邑窯は、他の生産地と違って長い期間にわたって須恵器を作り、須恵器生産の中心地になりました。その背景には倭王たちの支援があったのでしょう。このほかにも鉄器や塩・玉・埴輪など前から倭にあった産業も大阪府周辺にまとめられていきました。

 

 

そして王権の工房から各地の豪族たちに渡来の文化を分け与え、倭王の影響力を強めようともしました。たとえば、陶邑窯の技術者が送られることで、5世紀末ごろには各地でも短い期間の場合が多いですが須恵器を生産しています。

 

 

 

こうした動きに合わせて登場したのが、秦氏や漢氏などの渡来系氏族です。渡来系氏族は渡来人とその子孫といった親族関係を利用した組織ですが、実際には血のつながりのない人々も王権によって同じ氏族と見なされる場合がありました。

 

 

渡来の技術や文化は、この氏族のなかで次の世代へと伝えられることがきっかけとなって日本列島に定着していきました。

 

 

渡来人の力も借りて組織づくりを進めていた倭国の姿は埼玉県の稲荷山古墳と熊本県の江田船山古墳から出土した鉄製刀剣の銘文によって確かめることができます。

 

 

 

稲荷山古墳の鉄剣は「辛亥年」に「獲加多支歯大王」に仕えるものが作りました。辛亥は甲・乙・丙などの十干と子・丑・寅などの十二支を組み合わせ60年で一巡りする干支と呼ばれる年数表記です。

 

 

鉄剣銘の辛亥年は471年だと考えられています。銘文には代々、「杖刀人の首」として大王に仕えたと記されています。杖刀人は軍事を担当する武官、首は指導者のことです。

 

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