弥生時代に渡来する人・モノ・文化 

日本列島に広がる渡来人と渡来文物は倭国の文化を変えていきます。まず、生産力や軍事力と結びつく鉄器生産技術が新しくなりました

 

 

耕地を開発するための新しい形の鉄製の道具や、威力が大きい鉄の矢じりなどの武器、強固なヨロイなどの武具といったものです。5世紀ごろに登場したU字型をした鉄製の刃先を持つ鍬、先端の曲がった刃をつけた鎌などの新たな道具です。

 

 

鉄の部分が取り付けやすかったり、使いやすさが重視されています。このような鉄の製品づくりは各地で行われていますが、武器や武具の生産は機内が中心地でした。

 

 

 

馬も渡来人とともに日本列島にわたってきました。馬は人が速く移動することのできる乗り物になるほか、モノをはこんだり、戦争でもちいたりと色々と使われました。馬に乗る文化は九州北部から東の各地へと、かなりの速度で広がりました。

 

 

大阪府北部や長野県の伊那谷、群馬県などでは馬を飼う牧がもうけられ、渡来人が馬を育てて倭王などに多くの馬を供給していました。

 

 

また須恵器とよばれる灰色でかたい土器の生産技術も朝鮮半島から伝わりました。須恵器は西日本の各地で作られますが、そのなかでもっとも大規模だったのは大阪府南部の堺市や大阪狭山市、和泉市などにあった陶邑窯とよばれる生産地でした。須恵器は王や豪族たちが行う儀式や宴、葬送の場でさかんに用いられるようになりました。

 

 

 

 

さらに漢字文化も本格的に伝わり、中国の政治に対する考え方や思想が広がり始め、漢字を用いた外交文書も書かれるようになりました。このように様々な技術者やモノ、文化などが倭にもたらされたのです。

 

 

それでは逆に倭から百済や伽耶へは何が渡ったのでしょうか?百済や伽耶の軍とともに戦う兵がまずあげられます。しかし、それだけではありません。軍船、武器、武具、馬などの軍事物資。兵の食料となる麦や稲などの穀物や塩、糸、綿、布などの繊維類もありました。

 

 

軍事物資や繊維類の多くは渡来した技術や文物を活用して、倭の各地で生産されたものでした。たとえば、馬は東日本で多く生産される一方で、綿は西日本でさかんに作っていたようです。

 

 

生産物によって、それに適した自然環境や必要な労働力が選ばれたのでしょう。渡来人や渡来文物が日本列島の生産を盛んにし、その生産品が人とともに東アジアへと送られていきました。こうして倭国と東アジアは政治・経済・文化の様々な面で、ますます結びつきを強めていったのです。

 

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