巨大古墳と渡来時代

倭の五王が活躍する5世紀ごろになると、古墳文化に大きな変化が訪れます。そのため、5世紀ごろを古墳時代の中期と呼びます。

 

最大の特徴は前方後円墳が巨大化することです。日本最大の大仙古墳も5世紀前半から中ごろにかけてのものです。

 

 

墳長でくらべると箸墓古墳の約280mに対して大仙古墳が約510mですから、かなり大きくなっています。そして王の墓とみられる大型古墳は大和から河内に中心が移ります。

 

 

 

この時期の副葬品では、鉄製の武器や武具の量が一気に増えます。高句麗と百済が対立し、倭が朝鮮半島へ出兵するような状況のなかで、武器や武具が国内で大量に生産されるようになったのです。

 

 

副葬品はさらに鉄製品の原材料として朝鮮半島から輸入された鉄の板もあります。日本列島で1150枚ほど出土していますが、そのうち1000枚以上が畿内に集中しています。

 

 

このように、5世紀は軍事的な色合いが強くなる時代といってもよいでしょう。鏡や碧玉製品といった宗教にかかわる道具が多かった古墳時代前期とは大きな違いです。

 

 

王が宗教的な力では海外の国と戦う危機に対応できず、武力を優先したことがわかります。

 

 

 

倭と百済との間に同盟関係ができると、生産力・軍事力・組織力を高める技術者、そして様々なモノや文化が伽耶南部からだけでなく百済からも渡ってくるようになりました。このように中国大陸や朝鮮半島の国々から渡ってくる人を渡来人、渡ってくるモノや文化を渡来文物と呼んでいます。

 

 

大阪平野では5世紀ごろに朝鮮半島の技術で作られた韓式系土器とよばれる赤い土器が非常にたくさん見つかっています。大阪周辺にはそれだけ多くの渡来人がきていたのです。おそらく外交をとりまとめていた倭国の王が彼らを集めていたのでしょう。

 

 

 

ただし、韓式系土器は西日本を中心に各地のムラの遺跡からも出土しています。西日本のひろい範囲で渡来人が行き来し、生活していたことがわかります。こうした渡来人の日本列島での暮らしを支えたのは倭の各地の有力豪族たちでした。

 

 

それらの有力豪族は、倭国から実際に軍を率いて朝鮮半島へ向かったり外交を担当して国際社会とのつながりをもっていました。そのため、朝鮮半島などから渡来人や渡来文物を直接手に入れることができたのです。

 

 

倭王や各地の有力豪族たちは、朝鮮半島から進んで取り入れた渡来文化を自分が支配している人々にも分け与えました。そうして自分が実力者であることを示したのです。

 

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