4世紀初めに途絶えた中国とのやりとり

4世紀初めに、倭国にとって中国王朝との窓口だった楽浪郡や帯方郡が滅び、倭国と中国とのやりとりが少なくなってきます。そのため、4世紀ごろから倭の古墳文化にも変化がうまれてきます。

 

 

まず、それまでの一大中心地だった纏向遺跡では次第に人々の活動が見られなくなっていきます。

 

また、これまで纏向地方など大和の東南部に集中していた大型の前方後方墳が、大和の北部でも築かれるようになります。中国から支援を受けていた王の権力に変化が起こってきたと考えられます。

 

 

 

このころには副葬品の三角縁神獣鏡のなかに、明らかに文様のうまくないものがでてきます。中国とのやりとりが途絶えて、日本列島内で品質の劣る鏡を作るしかなかったのでしょう。

 

 

この時期には碧玉とよばれる緑色の石でできた腕輪なども各地の古墳で出土するようになります。その腕輪は南西諸島でとれる貝でできた製品をモデルにして山陰地方の出雲や北陸地方などで作られたものです。

 

 

すぐれた中国の技術による鏡が手に入らなくなっても倭国で作り出した新たな宝物が、日本列島の各地に運ばれたことになります。このようなモノが行き来することによって日本列島の各地が、つながりを維持していました。

 

 

 

また巴形銅器という盾につける飾りなどの銅製品や碧玉を用いた矢じりなど日本独自の製品が朝鮮半島南部の王墓級の古墳からも出土しています。中国とのやりとりをしなくなった倭が、朝鮮半島南部との関係を強めて王の力を保とうとしていたことがわかります。

 

 

奈良県天理市にある石上神宮には、百済が倭に贈った七支刀とよばれる鉄製の剣が伝わっています

 

 

まっすぐな刀身の左右に、それぞれ3本ずつ枝のような刃が伸びる珍しい形をしています。刀身には泰和4年、百済の太子が倭王のために七支刀をつくったという内容の文が刻まれています。

 

 

長さ75cmの鉄剣の表裏に合計61字の文字が刻まれているのです。このように刀剣や鏡、石碑などに刻み込まれた文を銘文といいます。泰和4年は東晋の年号でいう太和4年、つまり369年にあたるという説が有力です。

 

 

 

 

369年といえば、ちょうど百済が高句麗と激しく戦っていたときです。七支刀はこの厳しい国際情勢のなか、百済が倭王に近づいてきたことをしめす貴重な資料です。

 

 

中国の正史にならって奈良時代に完成した「日本書紀」にも伽耶南部をとおして百済との交流がはじまり、百済王から「七枝刀」が贈られたとあります。

 

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