「魏志」倭人伝で伝わる、弥生時代の緊迫する東アジア情勢 

「魏志」倭人伝によると、3世紀の中頃に倭王卑弥呼が亡くなります。

 

 

その後、男性の王が即位しますが連合していた国々は従わず争いが起こりました。国々をまとめる倭王を確実に生み出し継承していく方法や制度は、このときまだありませんでした。

 

 

結局この混乱は卑弥呼の一族だった壱与という女性が王になることでおさまります。即位した壱与は卑弥呼以来の魏との関係を引き継ぎました。

 

 

 

ところが魏は265年に晋王朝に滅ぼされます。中国の記録によれば翌266年、さっそく倭から晋に使者がやってきました。壱与も国際情勢にいち早く対応する王だったのです。

 

 

しかし、その後100年以上、中国の正史に倭についての記事がでてこなくなるので壱与のあと王位が誰に引き継がれたのかわかりません。

 

 

 

 

中国では280年に晋が南の呉を滅ぼし、王朝を統一します。ところが内部に派閥争いが起こって4世紀にはいると政治の混乱が中国全土に広がります。さらに衰えた晋を中国北部の部族たちが激しく攻めたて晋は南へ追われます。

 

 

このあとの晋を、それまでの晋と区別するために東晋と呼んでいます。中国の北の華北一帯は以後100年以上、様々な勢力が争いを続ける五胡十六国の時代に入りました。そしてこの華北の争乱といわれる混乱が、朝鮮半島にも大きな変化をもたらすのです。

 

 

まず、現在の中国と北朝鮮との国境近くにあった高句麗が313年ごろ華北の騒乱で孤立した楽浪郡と帯方郡を滅ぼします。

 

 

そして亡命する晋の知識人たちを取り込んで朝鮮半島の南部へ勢力を広げようとします。この刺激で高句麗の南では百済や新羅といった国が台頭します。

 

 

百済は周辺の勢力をまとめ、やはり亡命してきた中国系の知識人たちも味方にして高句麗に激しく抵抗しました。ところが新羅は逆に高句麗に従うことで成長しようとします。このため南へ進出しようとする高句麗の圧力は新羅を通して朝鮮半島南部の伽耶と呼ばれる地域へ達したのです。

 

 

 

日本列島に近い伽耶地域ではそのころ多くの小国に分かれていましたが、そのなかで伽耶南部の金官国や安羅国が有力でした。

 

 

金官国があった現在の韓国の金海地域は邪馬台国時代の倭とも関係が深く、以前から日本に鉄を供給する中心地でした。一方、金官国の西側、現在の韓国威安地域にあった安羅国も日本列島西部の豪族たちと交流がありました。

 

 

ですから高句麗の圧力が伽耶地域に及ぶと、その緊張が伽耶南部の国々を通して倭にも伝わったのです。

 

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