弥生時代の各地に広がる古墳づくり

前方後円墳は、箸墓古墳のあと、東北地方南部から九州南部までの広い地域で築かれるようになります。

 

 

そのなかには、箸墓古墳をそのまま小さくした形のものがあります。たとえば、京都府木津川市の椿井大塚山古墳が箸墓の3分の2、岡山市の浦間茶臼山が2分の1、京都府向日市の五塚原古墳が3分の1の大きさです。

 

 

古墳の図面のようなものが各地に配られてそれに従って古墳が作られたようです。古墳の大きさが違うのは各地の勢力の大きさや、大和との関係の深さによって古墳の大きさが決まったからと考えられています。

 

 

 

 

奴国や伊都国があった福岡県の玄界灘沿岸では、古墳時代初めの古墳は大きくありません。ところが岡山市や福岡県東部には箸墓の半分ほどの大型古墳があります。

 

 

大和の有力者は輸入の窓口を独占していた福岡県北部の勢力をおさえつけるいっぽうで、瀬戸内海ぞいの地域を重視していたのです。

 

 

また、南九州の宮崎県周辺には古墳時代の初めごろから大型の古墳がたくさん作られました。東北地方でも福島県の会津地域などに前方後円墳がまとまっています。会津や宮崎などは、古墳文化が及ぶ北と南の境界に近く、その地域が積極的に古墳文化を取り入れていたか、または大和から特別な扱いを受けていたのでしょう。

 

 

 

 

同じころには、東日本を中心に前方後円墳の後円部を四角くした前方後方墳も作られます。ただしあまり大きなものは見られません。

 

 

前方後方墳を作ったのは大和の勢力と関係を持つのが遅かった地域の有力者だったのかもしれません。古墳の形についても、大和との関係が影響していたようです。

 

 

日本列島の古墳は、前方後円墳や前方後方墳のほかに円形の円墳、方形の方墳など形は様々です。それにたいして朝鮮半島では高句麗は方墳、新羅は円墳、百済や伽耶もほとんどが円墳というように一つの国で古墳の形はほぼ一つです。

 

 

また、朝鮮半島の大部分の古墳は墳長が10mから20m程度の小さなものですが、日本列島では墳長120m以上の前方後円墳が古墳時代を通じて200基ほども作られ、その大きさもいろいろです。

 

 

 

 

倭国と朝鮮半島の国では古墳についての考え方が異なっていたのです。倭では古墳の形と大きさが古墳に葬られた人の地位を表す重要な基準になっていたのです。

 

 

この時代の古墳には一定の決まりごとがありました。大型の古墳の場合、墳丘を葺石でおおい、埴輪をたてて竪穴式石槨に死者の棺をおき、三角縁神獣鏡などの副葬品を納めています。宗教的な儀式も行われていたと考えられているのです。

 

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