古墳時代初期の前方後円墳

箸墓古墳では、楯築など岡山県の墳丘墓でももちいられた、特殊器台や特殊壺という土器が見つかっています。この特殊器台や特殊壺が変化したものが、のちに古墳にたてられる埴輪です。

 

 

このように箸墓古墳は大きさにくわえ、そのほかの内容でもホケノ山から大きく変化しています。そのためホケノ山ではなく箸墓を古墳のはじまりとみる意見が一般的です。

 

 

いずれにしても邪馬台国のあったころに前方後円墳がつくられて、古墳時代がはじまることはたしかです。

 

 

 

古墳のなかを具体的に知るために、奈良県天理市の黒塚古墳を見てみましょう。この古墳は、大きさが箸墓古墳の半分以下の前方後円墳で、箸墓古墳と近い時期に作られました。

 

 

後円部には竪穴式石槨が築かれています。石槨は内側は寸法で長さが8.3m、幅0.9m、高さ1.7mです。棺やその周りには朱が塗られていて、葬られた人物の頭は真北に向けられていました。死者を寝かすときに頭を北にする北枕という風習は現代でも残っていますが、これはもともと中国の思想でした。それが倭国に取り込まれたようです。

 

 

 

葬られた人の頭のあたりには画文帯神獣鏡がおかれ、棺の両側には鉄の刀や剣、さらに33枚という大量の三角縁神獣鏡が並べられていました。

 

 

三角縁神獣鏡は、画文帯神獣鏡と同じように神獣をあらわした鏡です。この三角縁神獣鏡は3世紀中ごろから後半にかけてつくられたもので、中国の魏と関係の深い鏡です。畿内で多く出土から3世紀中ごろの畿内は中国とつながりが強かったと考えられます。

 

 

 

 

べつの古墳も見ていきます。奈良県桜井市にある桜井茶臼山古墳は、箸墓古墳より30年から50年ほどあとにつくられた前方後円墳です。墳長は約200mで、倭国の王、またはそれに近い重要な人物の墓と考えられています。

 

 

その竪穴式石槨には少なくとも81枚以上の鏡が納められていました。ひとつの墓から見つかった鏡の数としては日本最多です。次に多いのが九州北部の平原遺跡1号墓の40枚なので、古墳時代初めに大和の中心にいた権力者の力の強さは明らかです。発掘されていない箸墓古墳にもおそらく多くの鏡が納められているでしょう。

 

 

畿内で作り始められた古墳は、弥生時代に各地の墓づくりで用いられた方法を組み合わせています。土を大きく盛り上げて、その表面に石を積んだ例は岡山県や島根県の墓に見られます。竪穴式石槨は岡山県や香川県などで作られていました。大量の鏡を墓に納めることも九州北部ではすでに行われていました。

 

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