卑弥呼の時代の九州北部の中心的な遺跡

卑弥呼がいた3世紀前半ごろは九州もまた、非常に重要な地域です。

 

 

なかでも伊都国や奴国があった九州北部には中国や朝鮮半島から大量の品物が運び込まれました。たとえば、3世紀ごろの遺跡から見つかる鉄器の量を比べると、九州北部はそれ以外の地域よりも段違いに多いのです。

 

 

鉄は様々な道具を作るのに必要な材料ですが、このころの日本列島では生産することができず、朝鮮半島からの輸入に頼るしかありませんでした。鉄を輸入するときに、九州北部の果たした役割は大きかったのです。

 

 

 

伊都国にあたる福岡県糸島市には3世紀前半ごろからつくられた平原遺跡1号墓があります。

 

 

この墓には中国や日本列島で作られた鏡が40枚、ほかにも中国製の大きな刀、大量の玉など豪華な品々が納められていました。鏡の中には直径が約46cmのものもあって、弥生時代から古墳時代の日本列島で作られた鏡では、最大とされています。

 

 

3世紀前半ごろの九州北部には大量の鏡などを手に入れた権力者がいたことになります。

 

 

 

さらに奴国にあたる福岡市の西新町遺跡や伊都国にあたる糸島市の三雲遺跡などでは畿内の土器が大量に出土しています。九州北部と畿内との間に強いつながりが生まれる点に邪馬台国の特徴がありました。

 

 

そしてこのころから大きな規模の墓が作られ始めています。日本列島でもっとも代表的な形の古墳が前方後円墳です。前方後円墳は上から見ると、まるい後円部に台形状の前方部をつけた形になっています。この前方後円墳という名前は江戸時代の学者の蒲生君平がつけたものです。

 

 

彼は宮車とよばれる帝王の車が前方後円墳に似ていると考えました。そのため、馬が引く長い棒にあたる前方部を車の進行方向、つまり前としたのです。しかし古墳時代の初めには宮車はありません。宮車をまねたわけではなかったのです。

 

 

 

 

それでは前方後円墳の形はどのようにうまれたのでしょうか。弥生時代の墓には周囲全体を円形の溝で囲むものがあります。

 

 

やがて墓の中央に行き来するために溝の一部に通路のある墓が作られました。その通路が前方部へ発達していったと考えられています。

 

 

もっとも古い前方後円墳の墓の一つが奈良県桜井市のホケノ山墳丘墓です。この墓は纏向遺跡の南のはしにあって、3世紀前半ごろから中ごろに作られたのです。墳丘の全体の長さを墳長と言いますが、ホケノ山の墳長は約80mで、弥生時代最大の楯築墳丘墓とほぼ同じ大きさです。

 

関連ページ

邪馬台国の時代
倭王卑弥呼の登場
卑弥呼と関わる魏の戦略 宝物や倭王としての権威を高める働きかけ
魏志倭人伝における倭人の世界
畿内を代表する纏向遺跡
卑弥呼の時代の大型前方後円墳の登場
古墳時代初期の前方後円墳
弥生時代の各地に広がる古墳づくり
「魏志」倭人伝で伝わる、弥生時代の緊迫する東アジア情勢 
4世紀初めに途絶えた中国とのやりとり
広開土王の碑文とは
巨大古墳と渡来時代
弥生時代に渡来する人・モノ・文化 
渡来系氏族の登場
稲荷山古墳と江田船山古墳からわかる大王と豪族
百済は475年に高句麗に攻められて力が衰えた付近の古墳文化の変容と広がり
継体天皇と百済
磐井の乱と伽耶滅亡
大阪府高槻市の今城塚古墳 6世紀頃の新しい古墳の姿
弥生-古墳-飛鳥時代に向けての世襲される王の権力
6世紀中ごろ以降の地方の生産工房
群集墳の登場
仏教伝来
飛鳥寺への道
飛鳥文化のはじまり
厩戸王子と蘇我馬子
遣隋使と冠位十二階
隋の煬帝と留学生
唐と新羅
吉備池廃寺と蘇我氏の横暴
乙巳の変と大化の改新
難波宮と孝徳大王
百済滅亡と亡命百済人
朝鮮への備えと古代人の姓
壬申の乱と東国
倭国の歴史と日本書紀
天武天皇と官僚体制
天武天皇の時期の国土の整備・国・道・都
天武天皇から持統天皇へ
日本国と国の組織づくり
地方組織をととのえる-7世紀、国司、郡司、里長、口分田
飛鳥時代の人々が納めた税
飛鳥時代の公文書と木簡
平城京の建設と和同開珎の発行
飛鳥時代に流入する東アジアの制度と文化
遣唐使と遣新羅使
遣唐使と外交
国際色ゆたかな天平文化
蝦夷と隼人
平城京の姿
出雲臣安麻呂の昇進 
他田日奉部神護の就職願い
正倉院に伝わる古文書-写経所
平城京の左京と右京の賑わい
「日本霊異記」 遠距離交易をする人々
郡司の権威と郡家
郡符木簡
「万葉集」にうたわれた生活のための様々な労働
風土記からみる土地の神へのおそれ
墾田永年私財法
天平の幕開け
戦乱と聖武天皇
国分寺建立と大仏造立
行基と国家仏教-平城京に都が置かれていたころ
藤原仲麻呂の台頭
東北政策と新羅侵攻計画
藤原仲麻呂の失脚と道鏡の登場
天武天皇系から天智天皇系へ
長岡京廃止の謎
地方豪族による支配が新しい勢力にとって変わられ始めた
桓武天皇の蝦夷政策
平安京遷都と桓武天皇
桓武天皇の息子たち
承和の変と最澄