魏志倭人伝における倭人の世界

魏志倭人伝によると、卑弥呼は役人を使って小国同士の品物のやりとりを管理していました。

 

 

また、国際交流の窓口である九州北部の伊都国に役人を送り、外交や多くの小国が行っていた国際的な品物のやりとりも監督していました。さらに宮殿に防衛施設や武器を備え、狗奴国と戦うなど邪馬台国連合の軍事も指揮しています。

 

 

このように卑弥呼の扱う政治の内容は、連合内の各国で起こった問題よりも交易、外交、戦争など、それぞれの国を超えた問題が目立ちます。卑弥呼には小国だけでは解決できない問題をまとめる役割があったのです。

 

 

 

卑弥呼が邪馬台国連合の各国の問題にあまり立ち入らなかったのは、それぞれの国にも国を代表する支配者がいたからです。

 

 

魏志倭人伝によれば、倭人の国では「大人」が「下戸」を支配していて、下戸は道路で大人にあうと道をあけ、ひれ伏していました

 

大人は支配する人、下戸は支配される人を意味する中国の呼び方です。倭人の国に支配する者と支配される者の差がはっきりとでていたことがわかります。

 

 

 

このため、それぞれの国に属するふつうの倭人たちは自分たちの世界を邪馬台国連合という大きな世界ではなく、自分たちの国という小さな世界として理解していました。このことは魏志倭人伝が伝える倭人の刺青からもわかります。

 

 

魏志倭人伝によると、倭人には水に潜って漁を行うとき、水中の大魚や怪物を追い払うために刺青をする風習がありました。刺青には恐ろしい外の世界にむけた呪術的な意味があったのです。

 

 

この刺青が邪馬台国の時代には他の国と自分たちの国を区別し、また自分たちの国の中での身分をあらわす飾りへと変わりました。彼らにとっては刺青に示される国ごとのまとまりこそが外の世界に対する自分たちの世界だったのです。

 

 

 

 

倭人の日常的な信仰や祭りも、各国を代表する支配者が取り仕切っていたようです。

 

 

魏志倭人伝によると、倭には骨を焼いて吉凶を占う祭りがあって、そこでは父と子、男性と女性が区別なく座り、酒も振るわれていました。

 

 

火のついた棒の先をイノシシやシカの骨に何回かおしあてて、骨の割れ方や色の変わり方をみて、吉凶を占うのです。日本列島では弥生時代から行われるようになりました。鳥取市の青谷上寺地遺跡からは占いに使った骨が大量に見つかっています。

 

 

ここでも、大人に対しては手を打ち、ひざまずいて拝んだといいます。信仰や祭りが国の支配者によってまとめられていたことがわかります。

 

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