倭王卑弥呼の登場

中国の正史から見えてくる紀元前1世紀ごろから紀元1世紀の日本列島の姿は倭人と呼ばれる人々がいくつもの小国を作り、その一部が漢王朝と交流するというものです。いくつもの小国をまとめ、ひろく倭人を支配する倭王はまだいません。

 

 

ところが「後漢書」東夷伝は西暦107年、倭国王が漢に奴隷160人を献上し、交流をもとめてきたと書いています。

 

 

しかし、この倭国を「倭面土国」などと記す記録もあります。このため2世紀初めに中国から倭国王と認められるような王が本当にいたのかどうかはわかっていません。どちらにしても日本列島の広い範囲を治める王ではなく九州北部の王だったようです。

 

 

 「後漢書」東夷伝はその後、2世紀後半ごろに倭が「大乱」の時代に入ったと書いています。この少し前から漢は政治が乱れ、急速に国力が衰えていました。

 

 

そして朝鮮半島も混乱の時代を迎えていました。この不安定な国際情勢が倭へも伝わってきたのです。倭の国々の支配者たちは、ある国のひとりの未婚女性を共通の支配者とすることで深刻な混乱をおさめようとします。こうしてあらわれたのが邪馬台国の卑弥呼でした。

 

 

この時期の日本列島の様子は3世紀後半につくられた「魏志」倭人伝(ぎしわじんでん)に記されています。それによると2世紀後半の倭では、邪馬台国の卑弥呼のもとに30あまりの国が集まって連合をつくり、大乱後の新しい秩序づくりをしていました。

 

 

しかし、この邪馬台国連合に加わらない倭人たちもいて、そのなかには卑弥呼たちと対立する狗奴国(くなこく)などもありました。

 

 

 

 

一方、漢王朝は衰え続け、国内に様々な対抗勢力がでてきて、ついに220年には中国北部に勢力を持つ魏に吸収されてしまいます。

 

 

魏・呉・蜀の3国にわかれて争う時代、三国時代がやってきたのです。このあいだに楽浪郡の実質的な支配者は公孫氏になっています。公孫氏は204年に楽浪郡の南に新しく帯方郡をおいて朝鮮半島や日本列島へも影響を与えます。

 

 

しかし238年、公孫氏が魏に倒され、今度は魏が楽浪郡から帯方郡を支配します。その翌年、卑弥呼は魏へ使節を送ります。帯方郡を支配した魏が朝鮮半島や日本列島に影響を強めることに対して素早く行動したのです。

 

 

 

 「魏志」倭人伝によると魏の皇帝は使節をおくってきた卑弥呼に「親魏倭王」の称号を与え、倭人たちをまとめるように指示します。魏の冊封を受けた卑弥呼にはこのとき倭王として倭人全体を支配することが認められました。卑弥呼は魏から強力な支持を受けることに成功したのです。

 

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