ナチスの台頭とブロック経済

ナチスは国民が自分の家や、国民車を意味する「フォルクスワーゲン」を持てるようにする政策を行い、ドイツ国民に受け入れられました。人々はベルサイユ条約に苦しめられているという実感がありました。そして、敗戦で失われた領土を取り戻し、ドイツ人が優位な立場で暮らすことのできる生存圏を広げるというナチスの国家建設に共感するようになったのです。

 

 

 

こうしてドイツでは、たくみな宣伝をしてヒトラーを絶対的な存在だとする神格化がすすみました。それはヒトラーと異なる意見をもつ人は殺すことも辞さないという恐怖政治と表裏一体のものでした。ユダヤ人、ポーランド人、シンティ・ロマ(ジプシー)、精神障害者や重病人、同性愛者や共産主義者など、ナチスに人種的に劣っているとか社会に反しているとみなされた人々が数多く殺されました。しかし、ドイツ人の多くはヒトラーだけが希望のある生活を取り戻してくれると信じ込むようになり、こうした大虐殺に対してさえ、それはおかしいと感じなくなっていきます。

 

 

 

1930年代の欧米諸国は大恐慌から抜け出すために自国の利益だけを守るような政策を強めていきました。アメリカ・イギリス・フランスなど領土が広く、資源が多くある国々(持てる国)はドル・ポンド・フランなど本国の通貨を基軸に、本国と植民地との経済的なつながりを強めます。関税を引き上げて外国の商品を締め出し、植民地と本国など関係の強い国々のあいだだけで商品を有利に流通させて経済的な危機をのりきろうとしたのです。「ブロック経済」の誕生です。

 

 

 

それに対して領土や資源が少ない国々(持たざる国)がありました。第一次世界大戦後、ドイツは本国の一部と海外の植民地すべてを取り上げられました。また、イタリアは戦勝国でありながら領土を十分に広げられずに強い不満を持っていました。こうした国々や日本は国家の利益を最優先し、個人の権利や主張を厳しく制限する全体主義的な政策をおしすすめ、軍事力によって領土を広げようとしました。

 

 

 

第一次世界大戦後にうまれた国際協調を目指す気運もむなしく、各国で自国や自民族のみを重視するナショナリズムが高まって軍事力の増強がすすめられていきます。

 

 

 

第一次世界大戦による好景気もつかのま、1920年代の日本は不況のなかにありました。関東大震災のときに支払いの先延ばしが認められた「震災手形」をお金にかえることができなくなってきたのです。

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