大正時代の労働運動の広がり

米騒動の翌年から1921年にかけては、生活の困難から労働争議や小作争議が全国で次々におこります。大きすぎる貧富の差を正して、自分たちの地位を上げることをめざす運動が広がっていきました。

 

 

第一次世界大戦を通じて世界的に支持されるようになった民主主義(デモクラシー)の考え方は、生活にくるしむひろい範囲の人々によって、職業や地域・階層・性別・民族など、それぞれが所属する特定の集団ごとに組織をつくる、社会運動へ展開していきます。大衆の時代のはじまりです。

 

 

 

第一次世界大戦がはじまると、日本へはヨーロッパ各国からの工業製品の注文が増加しました。またアジア市場でも、重化学工業製品をはじめヨーロッパの工業製品がこなくなったので、日本は有利でした。世界的に船舶も不足しました。このため、日本では重化学工業が発展し、造船業もさかんになりました。

 

 

 

工場は多くの労働者を必要とし、労働時間は延長されて人々はより多く働くようになりました。こうした大戦景気でしたが、働く人々にとっては賃金の上昇はにぶく、物価の高騰によって、かえって生活は苦しくなりました。

 

 

このため労働者の意識は大きく変わりました。このころ新聞に連載されたマルクス主義経済学者、河上肇の「貧乏物語」は、勤勉にはたらく労働者の賃金がなぜ上がらないのかを説いた本で、人々の実感にあって大ベストセラーになりました。

 

 

人々は経営者だけが利益を独り占めする状態を批判し、賃上げを求めました。要求が受け入れられないときには働くことを拒否する、ストライキなども行いました。それぞれの職場で組織をつくって運動するようになります。こうした活動を労働運動といいます。

 

 

 

 

一方、農村では自分の土地をもっていない小作人とよばれる農民を中心に地主に農地を借りる代金として支払う小作料の引き下げや、耕作の権利を守るための小作争議が急激にふえます。

 

 

米価の高騰は地主や耕作する土地を多く持つ自作農には有利でしたが、米を作ってもそれらは地主におさめ、自分たちが食べる米は買わなければならない小作人には不利でした。

 

 

また、物価の上昇は小作料をまけてほしいという要求や争議に結びつきました。

 

 

 

農民たちは都市の工場労働や農村周辺の雑業につくなど、農業以外で働く機会も増えました。そのなかで農業とそれ以外で働くことを比べる意識も育ちます。地主の小作料がいかに重いかが実感されると小作争議はますます増えていきました。

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