江戸時代の医学 蘭学の発展

 医学の分野も江戸時代後期にはめざましい発展がありました。
1754年、朝廷に仕える漢方医だった山脇東洋は幕府の許可を得て京都で解剖に立会い、その成果を「蔵志」にまとめました。

 

 

 また、1771年には江戸の小塚原の刑場で前日に処刑された50歳くらいの女性の死体が解剖されました。このとき直接体に刀を入れたのは刑場で働いていた90歳の老人だったといいます。解剖に立ち会ったのは若狭国小浜藩の杉田玄白と中川淳庵、豊前国中津藩の前野良沢など、オランダ医学を学んだ医師たちでした。彼らはそれまで漢方医学を学んでいましたが、オランダ医学と漢方医学では教わることに違いが多く、疑問を持っていました。そこでオランダの医学書「ターヘル・アナトミア」に書かれていた解剖図が正しいかどうかを確かめるために死体の解剖に立ち会ったのです。結局、彼らは「ターヘル・アナトミア」の正確さに驚き、この本の翻訳を始めました。

 

 

 杉田玄白がのちに記した随筆「蘭学事始」には、このときの翻訳作業の苦労が記されています。はじめはオランダ語のアルファベットもよくわからなかったため、「眉とは目の上に生えている毛である」という文章でさえ、1日かけても理解できませんでした。それでも研究を続けていくうちに少しずつ翻訳は進み、4年かけて全てを訳しました。専門的な辞書がなかった時代、オランダ語の翻訳はかなりつらい作業だったようです。

 

 

 杉田玄白は人体の基本をあきらかにしてこそ、病気の原因や治療法が発見できると主張しました。彼らのもとには玄白のこうした考えに共感を覚え、蘭学を志す人たちが集まりました。

 

 

 また、外科手術の分野でも江戸時代後期に人物がでました。紀州で祖父の代から村医者をしている家にうまれた華岡青洲は京都にでてオランダ外科を学び帰郷して医師として働きました。1804年、彼はチョウセンアサガオやトリカブトなどを処方した麻酔薬を使い、全身麻酔による世界で初の乳がんの摘出手術に成功したのです。

 

 

 1823年に来日したドイツ人医師のシーボルトは長崎の郊外に鳴滝塾を開き、診療のかたわら全国から集まった多くの門人たちに医学や科学全般を教えました。シーボルトは手術を見せることもありました。鳴滝塾では蘭学者の高野長英、幕府洋学医の伊東玄朴などの人材が育ちました。

 

 

 幕末には蘭方医の緒方洪庵が大阪で適塾を開きました。適塾の卒業生には長州藩士の大村益次郎、他にも福沢諭吉、橋本左内たちがいます。

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