江戸時代の文化-浮世絵などの絵画

 安房国の菱川師宣は遊女がいる遊里や芝居小屋が並ぶ芝居町の様子を描きました。浮世絵は版画の技法を使うことで安く大量につくることができました。その後、女性の姿を描いた美人画や歌舞伎役者を描いた役者絵が流行しました。

 

 

 庶民の生活や風俗を描いた浮世絵を多色刷りの版画絵として発達させたのが錦絵です。金銀の色を使ってきれいな模様を織り成す錦のように華やかなこの絵を鈴木春信が完成させました。錦絵の画家としては春信におくれて喜多川歌麿がいました。歌麿は胸から上を大きく描いた美人画で人気になりますが、1804年に書いた絵が将軍や大奥の贅沢な生活を批判したものであるという理由で幕府に罰せられました。

 

 

 また、東洲斎写楽は役者の似顔絵を大胆に描き、人物の顔を強調する「大首絵」を得意としました。写楽は1794年の10ヶ月あまりの間に140点あまりの作品を発表し、翌年の正月に突然姿を消したため謎の絵師と言われています。

 

 

 化成時代には葛飾北斎や歌川広重らの絵師が登場し、名所絵などの風景画や花鳥画が盛んになりました。

 

 

 江戸に生まれた葛飾北斎は幼いころから絵を描き、19歳のとき浮世絵を学び始めました。彼は「やまと絵」だけでなく、中国画・洋画なども研究し、優れたデッサン力と構成力で90歳まで描き続け独自の画風を作り上げました。富士山を大胆な構図で描いた「富嶽三十六景」が有名です。

 

 

 歌川広重は幕府の定火消同心の家に生まれましたが絵をあきらめきれず絵師になりました。浮世絵を学び美人画や役者絵を描いています。1832年に「東海道五十三次」を売り出して成功し、風景画の絵師のなかでもっとも有名な絵師となりました。広重は人気シリーズ「名所江戸百景」など8000点にのぼる作品を残しました。

 

 

 江戸で発展した錦絵は軽くて安かったため、江戸みやげとして地方の人々にも喜ばれました。風景画は江戸をはじめとする各地の名所を知らせる情報源として、また美人画は髪型や着物の柄の新しい流行を伝えるものとして全国に広がっていきました。

 

 

 さらに浮世絵はヨーロッパで評判になりました。江戸時代末期に日本が参加したロンドンの万国博覧会(1862年)やパリの万国博覧会(1867年)に日本の物産や美術品が展示され、ヨーロッパでは日本に興味を持つひとが多くなり、日本の歴史や文化についての研究が始められます。

 

 

 こうしたなか、北斎や広重の絵はフランスのモネ、オランダのゴッホなどヨーロッパの印象派の画家の注目を集め、影響を与えました。

 

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