江戸時代の学問の発達

幕府の政治が安定すると社会における人々の役割を説く儒学がひろまりました。とくに身分秩序や礼節を重要と考える朱子学は、社会の安定をたもつ学問として幕府や藩に重んじられました。なかでも京都の林羅山は徳川家康にもちいられ羅山の子孫(林家)は代々学問の相談役として幕府につかえました。

 

 

 いっぽう、明の王陽明がはじめた陽明学を学び、朱子学を批判する学派もあらわれました。17世紀に日本陽明学の中江藤樹に学んだ弟子の熊沢蕃山は学んで知ったことは実践することではじめて意味を成すという「知行合一論」の立場で政治を批判したため、幕府から警戒されました。

 

 

 また、会津かの兵学者の山鹿素行や京都の町人の伊藤仁斎らは宗や明で発達した儒学をのちの時代の人間がかってに解釈してつくってものにすぎないと批判して、直接古典にあたって孔子や孟子の本当の教えをさぐることを主張する古学派をおこしました。
 仁斎らの古学派をうけついだ荻生徂徠は政治や経済に関心を示し、江戸に人が集中するのはよいことではなく、武士が城下町をはなれて領地の農村に住むことが必要だと主張しました。荻生徂徠は柳沢吉保に用いられ、享保の改革では吉宗の政治顧問になりました。

 

 

 歴史学では古い文書を丹念に読み解くことで事実をあきらかにしようとする研究がさかんになります。儒学者の新井白石は「読史余論」をあらわし、平安時代前期から安土・桃山時代までを14期に分け、武家政権の発展を説明しました。

 

 

 自然科学の分野では儒学者の貝原益軒が薬草を中心に日本の物産をまとめた「大和本草」や宮崎安貞の「農業全書」などの書物が農民のあいだに広まりました。

 

 

 また、検地のときに土地を測量したり、土木工事に必要だったころから日本独自の「和算」という数学も発達しました。たとえば関孝和は甲斐国甲府藩主の徳川綱重とその子の家宣につかえ、家宣が6代将軍に就任すると家宣に従い、江戸にでて旗本になりました。彼は西洋数学の影響を受けずに筆算や円の計算など独自の数学を発達させ「算聖(算数の神)」と呼ばれました。

 

 

 なかには旅をしながら数学を教えて暮らす和算家もいました。山口和もそのひとりです。彼は行く先々で数学を教えました。

 

 

 天文学・暦学の分野では渋川春海が日本独自の暦を作りました。このころの宣命暦の誤差をただして新しい暦を作るように提案したのです。それは貞享2年に施行されたことから貞享暦といいます。

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