江戸時代の農業の発達

経済が発達するにつれて農業の分野では米や穀物、野菜などを年貢としておさめたり、自分たちの家で消費するためだけでなく、販売用として栽培されるようになりました。特に大都市の近郊では都市の人々に売るための野菜づくりが活発になりました。

 

 

 また農民たちは職人や商人に売ってお金を得るために加工業の原料となる菜種や綿花などの商品作物の栽培にも力をいれるようになりました。
 幕府や藩も年貢を多くとるために商品作物の栽培を奨励したので各地の風土にあった特産品がうまれました。こうした特産品のなかでも特に需要の多かったクワ・コウゾ・ウルシ・茶の4木とベニバナ・アイ・アサの3草は「四木三草」といわれました。

 

 

 江戸時代には農業技術も大きく進歩しました。新しい農具が考案され、改良されるなどして、全国にひろまったのです。

 

 

 たとえば備中鍬はそれまで使われていた鍬が一枚歯だったのに対し、2本から5本の鉄の歯がついており、軽くて扱いやすく、深くまで掘れるように作られました。

 

 

 千歯こきは乾燥した稲の束をを鉄の歯がならんだ部分にさしこんで手前にひっぱってモミをおとす道具です。それまでのように箸でモミをおとすより効率が良かったので「千歯」の名前がつけられました。

 

 

 唐箕は升からモミを入れ、手車をまわして風をおこし、ゴミやからのモミと、重くて良いモミとをよりわけました。中国から伝来したといわれています。
 踏車は羽根車を人が足でこいで用水路から田に水をいれました。これにより水の条件が悪い場所にも水田が開かれるようになりました。

 

 

 これらの農具の進歩にあわせて、肥料に質もよくなっていきました。それまで農家は木や草をくさらせたものや馬や人の糞尿、灰などを田畑にまいていましたが、江戸時代後期になると干し鰯、菜種油、大都市で大量に発生する糞尿などを買って肥料として使うようになりました。

 

 

 また、農書とよばれる農業技術書もいろいろと作られました。そのなかでも特に宮崎安貞の「農業全書」は多くの農民たちに読まれました。

 

 

 安貞は福岡藩士でしたが、30歳ごろに武士をやめて田や畑を耕す生活をおくりました。そのいっぽうで日本各地を歩いて研究熱心な農民たちから体験談や意見を聞いてこの本をまとめました。ひらがなの多い文で、たくさんの絵をのせてわかりやすく親しみやすい本にしたことが生産力を高めたい農民たちの要求と一致したのです。

 

 

 常陸国水戸藩主だった徳川光圀も「1日としてなくてはならない書」と高く評価しました。

 

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