江戸時代の交通と流通の発達

戦国時代から江戸時代初期にかけて日本列島では大規模な開発がすすみました。田畑の面積は室町時代中期の1450年ごろに約95万haだったものが江戸時代中期の1720年ごろには約300万haへと3倍以上に増加しました。これはおもに16世紀後半から17世紀にかけて戦国大名や江戸時代の大名たちが自分の領地の生産力をあげるために灌漑工事や堤防工事などをすすめ、積極的に新田開発をおこなったためです。

 

 

 「大開発時代」とよばれるこの100年間は日本列島の大部分がほとんど開発されつくした時期でした。江戸時代の前期までに開発によって国土の景観は大きく変化したのです。

 

 

 ちょうどこのころ日本列島各地の鉱山からの金銀産出量は頂点をむかえていました。全国に数百ヶ所あったとされる鉱山から大量の金銀が掘り出され、日本は世界有数の金銀産出国になっていたのです。幕府は佐渡の金山や石見の銀山、足尾の銅山など重要な鉱山を直接支配しました。そしてこれらの鉱山から掘り出した金銀は貨幣や手工業の材料につかわれたり輸出されたりしました。

 

 

 また、幕府は道路の整備もすすめました。江戸の日本橋を起点とする、東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道は五街道とよばれ、もっとも重要な街道でした。脇街道、裏街道などとよばれる他の街道もあわせて全国的に道路網が整えられたのです。これら主要な街道には1里ごとに道しるべの一里塚がおかれました。また、街道の重要な場所には旅行者や荷物を検査する関所がもうけられました。幕府が直接支配する関所は東海道の箱根や今切、中山道の碓井や福島など全国に50ヶ所あまりになりました。関所では「入り鉄砲に出女」といって江戸に武器を持ち込むことと江戸に住む大名の妻子が逃げ出すことを厳しく監視しました。

 

 

 航路や港も整備されました。いちどに大量の荷物をはこぶには船のほうが便利だったのです。まず内陸の物資を川にそって河口の港にあつめ、その後、船が海を利用してこれらの物資を運ぶのです。1671年、豪商の河村瑞賢は幕府に命じられ東北地方で作られた米を太平洋を南下して江戸まで運ぶ東廻り航路を整備しました。瑞賢は1657年に江戸でおきた明暦の大火ののち町を復興するための建築用の材木をあつかって富を蓄え豪商になった人物です。

 

 

 1672年、瑞賢は同じく東北地方でつくられた米を日本海を南下して下関から大坂に運ぶ西廻り航路も整備しました。こうして江戸時代になると人や物の移動が一気に活発になったのです。

関連ページ

関が原の戦いと幕府開設 
方広寺鐘銘事件と大阪の陣
幕府のしくみと徳川家光の政治
江戸幕府の役職と支配 大老・老中・若年寄・奉行とは
江戸時代の身分制度 士農工商
江戸時代の農民の自治とゆるやかな身分制
江戸時代の中国と朝鮮と朱印船貿易
江戸時代 日本町と鎖国への道
江戸時代のキリスト教の弾圧
島原・天草一揆
南蛮船来航禁止と鎖国と対馬
鎖国中の長崎の窓口
江戸時代、鎖国中の薩摩の窓口
鎖国中の松前の窓口
江戸時代の農業の発達
江戸時代の政治-武断政治から文治政治へ-.
江戸時代の幕府の浪人(牢人)対策
江戸時代将軍綱吉と生類憐みの令
新井白石の正徳の治
8代将軍吉宗誕生
享保の改革
享保の改革 目的・内容・成果
9代将軍徳川家重の時代
老中・田沼意次による田沼政治と重商主義
松平定信と寛政の改革
江戸時代の藩政改革とすぐれた藩主(名君)
大塩平八郎の乱
水野忠邦と天保の改革
江戸時代の学問の発達
江戸時代の出版、川柳、狂歌
江戸時代の化政文化とは
江戸時代の文化-浮世絵などの絵画
江戸時代の医学 蘭学の発展
国学の展開と江戸の教育
江戸時代のロシアの南下
欧米の進出とアヘン戦争
江戸幕末の幕府内部の対立
日米修好通商条約の影響と尊皇攘夷思想
安政の大獄と桜田門外の変
生麦事件と尊王攘夷
新撰組と尊皇攘夷志士
討幕派の形成と民衆運動
世界を知る男、ジョン万次郎
江戸幕府の終わり
坂本竜馬の生涯
大政奉還と王政復古
江戸城開城